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君が見た悪夢を消し去りたい

短め

つんざくような悲鳴が聞こえてきてセシルは飛び起きた。

悲鳴は部屋の外からだ。彼は豹の体をスルリと動かし部屋を出た。

悲鳴の主はライチのようだ。

既にいたジーナが「どうしたの!?」と言い部屋の扉を何度も叩いている。


「何があった!?」


「分からないんです。いきなり悲鳴が聞こえて……」


彼女は扉に付いた小窓を覗き込む。


「侵入者はいないみたいです……悪夢のせいかもしれません」


「悪夢……」


「あなたもどうせ見てるんでしょう」


ジーナのキツイ言い方にセシルは微かに頷いた。言わないだけでそこまで責められるとは思わなかった。


「私以外全員見てますよ」


「……そうか。そういう祝福も、まああるよな……。

扉を蹴破るから俺が入ったら時を戻してくれ」


そう言うとジーナは睨みながら手首を押さえた。

命令されるのは好きではないらしいが、毎度睨まなくても。


「早くしてくださいよ」


「はいはい」


セシルは扉に向かって後ろ蹴りを食らわす。

扉は容易く蹴破れた。


「ライチ!」


彼は部屋に飛び込み彼女の名を呼んだ。背後でジーナが時を戻して扉を直している。

ライチはベッドの横にまるで隠れるようにして体を抱えていた。

小刻みに震え顔色は真っ白だ。


「ライチ、どうした?」


「あ、あ、助けて……ば、化け物がっ!」


「化け物?」


セシルは辺りを見渡す。そんなものはいない。部屋の入り口に立つジーナも怪訝そうな顔を浮かべ部屋を覗き込んでいる。


「私の体で遊んでるの。痛い! 痛くてたまらない、助けて……!」


「ライチ」


「私の内臓を引きずり出して遊んでる! 膀胱を蹴って、おしっこが飛び散るの見て遊んでる! 背骨を引っ張りあって遊んでる! やだ! やめて!」


彼女の声にいつもの柔らかさは無かった。必死に助けを求め、絞り出すような声。

セシルは慌てて彼女の腕を優しく握った。


「落ち着け、俺を見ろ」


「助けて……もうやだ、蘇りたくない。もう、もう終わりにして……このまま死なせて……」


「ライチ。大丈夫だから」


彼女の頬に手を添え無理矢理視線を合わせる。

ライチの顔は恐怖に染まっている。

ずっと不思議だった。人相手に怯むことなく動ける彼女がなぜ化け物には怯むのか。

彼女は化け物に殺され続けた。不死の祝福のせいで。

蘇った端から殺され、また蘇る恐怖。

それは拷問となんら変わりはないだろう。


「おねがい、たすけて」


「助けるよ」


セシルが囁くとライチは顔を歪ませ、彼の胸に飛び込んだ。そんな彼女をセシルは優しく抱きしめゆっくりと背中を撫でてやった。


「大丈夫。化け物はいない……それに、俺もいる。

守護の力でいくらでも守ってやるからな」


セシルの胸に頭を預けながらライチは頷いた。黒く滑らかな髪が彼の肌を擽る。

彼女は縋るような瞳を向け、必死にセシルに抱きついていた。

……俺を頼っている。

そう思った途端背筋に甘い痺れが走る。尻尾の付け根がゾワゾワした。


「……怖い夢を見たんだろ? 大丈夫だ。落ち着くまでここにいる。

好きなだけ俺を頼っていいからな」


「……セシルさん……」


「大丈夫」


ライチは少し落ち着いたようだ。体の震えが止まり緊張も少し解けた。

セシルは入り口に立つジーナに目配せする。彼女は頷くと怪訝そうな顔をしているフリーズとニコに「戻るわよ」と伝えていた。

結局全員起きて来ていたらしい。オニツカも部屋の入り口に立っている。

彼は呆然とした顔でライチを見つめていたがセシルの視線に気がつくと首を振って呆れた顔を作る。


「ナチュラルに抱き合ってるけど人の弱みに付け込むのやめなって」


「なんのことか全然分からない」


セシルは腕の中で大人しくしているライチをギュッと抱く。彼女はボンヤリしていて、まだ夢から覚めている途中といったところだ。


「チーム間で恋愛とか……面倒になるから嫌なんだけど」


オニツカはため息と共にそう言った。


「俺は禁止してない。

勝手に我慢してるのはお前だろ」


この言葉には腹が立ったようだ。彼は鋭い視線を寄越して、しかし何も言わずに立ち去った。

セシルはライチの頭をよしよしと撫でた。


「そもそも色恋に発展するほどの余裕、コイツには無さそうだけどな」


ライチのボンヤリとした瞳を覗き込む。

黒い瞳は薄い膜が張られたように焦点が合わない。

自分好みの、今にも壊れてしまいそうな弱々しい少女だと思っていた。だが今にも壊れてしまいそう、というより壊れて直っている途中だったらしい。

……まあ、そんなものは一緒に直してやればいい。そうすればライチはセシルに頼りきりになるだろう。

この可愛い少女がセシルに溺れ甘える姿を想像するとまた彼の体に堪らない痺れが走るのだ。


早くそうなればいいのに。


*


気がつくとライチはセシルに抱きしめられていた。

酷い夢を見ていたらしい。彼女は慌てて飛び退いた。


「す、すみません」


どこからが夢でどこからが現実だったのか。彼女は部屋の中を見渡す。

セシルは怪訝な顔をしてライチの背中に手を当てた。


「もう大丈夫なのか」


なんだか残念そうな響きがある気がした。


「ハイ。多分」


「そうか。でも心配だからな。暫くはいるよ」


「ありがとうございます……」


ライチはホッと息を吐いた。

あんな夢を見た後で一人になるのはなんだか嫌だった。


「……すみません。迷惑ばかりかけて」


体を丸くして彼女はボソリと呟いた。


「私、戦うこともできないし、何か優れてるところも無い。なのにセシルさんに助けてもらってばっかり……」


「戦いはいいって言ってるだろ。

それにお前が来てからアイツらも落ち着いたし」


「え……?」


セシルは尻尾を一度、パタンと床に叩きつけた。


「特にジーナは、前はよくキレてしょっちゅう揉めてたんだ。でもそれが無くなってきた。

フリーズとの喧嘩の回数も減った。

ニコも自主的に動こうとしなかったが最近はそうでもない。

お前が来てからだ」


「……オニツカさんはそうじゃないでしょう……」


「タバコの量が増えてるか。

これは多分お前のせいじゃない……気にするな。

なんだかんだ楽しそうだしな」


大きな手が、今度はライチの頭を撫でた。


「チームに良い影響を与えてるんだ。

助けてばかりじゃない。むしろ助かってる」


ライチはチームの彼らのことを考える。自分が良い影響を与えていたなんて夢にも思わなかった。

なぜか、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。

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