ありふれた悪夢*
ちょっとだけ内臓が出てたりします。
セシルたちは歩く人々を眺める。
戦利品である化け物の首を抱え満足げに笑う長い耳の少女たち、誰かの荷物を抱え忙しなく動き回る小男、ロココ調のロリィタドレスを着て微笑む少女とその親、後頭部に生えたツノに果物を吊るしている女。皆どこへ向かうとしても帰る宿はあるのだろう。
だがセシルたちには無い。空き家も無い。
「どうするかなあ」
セシルの声には途方に暮れた響きがある。
近くの宿はどこも全滅だった。この街に来た自治チームは結構な数らしい。
「野宿は」
「ぜってぇ嫌だ」
「僕も嫌」
「私も無理」
「ワガママだなあ。
じゃあ平気なフリーズとライチちゃんは野宿してもらって、4人部屋ないか探すか」
「オイ」
フリーズがすかさず声を上げる。ライチは何も言わなかったが内心毒づいていた。
しかし悪感情を振り切って質問をする。
「ウチのチームって強いって有名なんですよね?
顔パスとかできないですか……?」
「できたらとっくにやってるわよ。
強いって言っても、人数の割にはって話だから……」
確かにこのチームは他に比べずっと人数が少ない。ライチが元々いたチームと比べものにならないのに、化け物をバサバサと薙ぎ倒していた。
個々の能力と組み合わせが良いのだろう。セシルの守護があれば大きな怪我はしないで済み、ジーナの時戻しがあれば甚大な被害が出る前に戻せる。
オニツカは攻撃的な祝福ではないものの、本人がやたらと強い為化け物と渡り合えている。
フリーズは増幅の力があるし、そもそものところ、間合いさえ取れればニコの槍で終わることも多い。
「強いのに」
顔パスなんて夢のようなものとは分かっていたが、それでも評価されても良いと思った。
するとセシルは唐突にライチの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「なんとかするさ。最悪、家を強奪しよう」
「ハ、イ?」
「そんな体力残ってんのかあ?」
「休めると思えばな」
「じゃ、奪いやすそうな家探そう」
「本気にするな、冗談だよ……。
お前教祖だったんならもうちょっと敬虔になれよ」
「カルト教団だからか?」
「カルトって呼ばないでほしいな」
セシルはやれやれと首を振る。
カルト教団だろうとなんだろうと、そもそも普通家を強奪しようとは考えないだろう。
そんなことを考えるのはヤクザくらいだ……ライチはショベルカーを使って無理矢理立ち退き作業を始めたと言う話を思い出していた。
「なあ、なんでお前カルト教団の教祖なんかやったんだよ」
カルトと呼ばないでと言われていたにも関わらずフリーズは容赦なく質問をぶつける。
「そりゃ苦しいことがあったからね」
「へえ? どんな」
「教えません。
……みんなもあるでしょう。誰にも言えない苦しいこと」
彼の言葉に皆一様に押し黙った。
あるからだ。だがそれを認めることすら言えない。
「僕らが受けた刑って、その人にとっての後悔や失敗、罪悪感の象徴なんだよ」
「ああ……」
フリーズが小さく呻いた。彼女の頭にある巨大なツノ。あれがフリーズにとって苦しみの象徴なのだ。
「この世界に来るのなんて罪人だからねえ。
色々抱えてるよ。多分」
ライチは視線を落とした。そうだ。この世界にいる者は皆、かつての世界で重罪を犯した者。
その罪を反省して生き直している者もいるが大抵は反省せず同じ罪を繰り返している……罪を犯すのは楽だからだ。
言い換えればここには自制心のないだらしない人間の集まりと言える。
しかし、ふとライチは違和感を覚えた。
オニツカはヤクザなのだ。罪の数も一つや二つではないだろう。
ニコは言わずもがな。
セシルは豹の密猟をやってあの姿になったと言っていた。多分それ以外にも色々。
フリーズの過去は知らないがスリがあんなに上手い。一朝一夕で身につくものじゃないとなると、それが早い段階から日常的に行われる環境にいた。
だがジーナは? そう考えライチの思考は止まる。
ヒステリックだがそれが重罪になり得るか?
先程のように癇癪を起こして人でも殺した?
しかしヒステリーは心の悲鳴だ。あれは悲鳴を上げているだけに過ぎない。この世界の多くの者が持つ支配欲から来る暴力ではない。
彼女は何かが違うのだ……潔癖さか、厳格さか。
この世界で出会った人々とは決定的に違う。
罪人の香りがしない。
—「そうじゃない、お前に染み付いた屑の匂いだよ。分からない?」
ジーナのヒステリックな叫びが聞こえる。
彼女からは「屑の匂い」がしないのか。
「……ライチ?」
ジーナの怪訝そうな瞳を見て慌てて首を振った。
「なんでもありません」
「ああ、ごめん、刑の話なんてするもんじゃないね。
まあセシルやフリーズなんか見た目で分かるけどさ……」
「そういやお前の刑はなんなんだ? 見た目でわかんねえけど」
ニコはんー、と首を捻る。
「ここではちょっと話せない……」
その言い方に自重という言葉を知らないフリーズはジーナに殴られるまでニコに「なんだ? シモの話か? 見せろよ。ほら」とまくし立てていた。
*
6人、往来を眺めながらダラダラとしていると1人の少女が近づいて来た。
150cmくらいの華奢で直線的な体をした少女だ。三白眼気味のつり目で眉は薄い。切り揃えられた短いおかっぱ髪と相まって非常に独特な雰囲気だった。
「ここで何してるんだ?」
声も独特だった。子供が無理に大人っぽい声を出しているような、大人が無理に子供っぽい声を出しているような、それでいて可愛らしい声。
「宿が無くてねえ」
セシルがため息混じりに言う。「あんた良い所知らないか?」
「それならウチに来い。宿屋をやってるんだが、客がちょうどいないんだ」
「へえ! こんな偶然があるなんてな!
けどなんでだ? どこも自治チームで一杯だったんだが……まさか、ボロ布張って宿なんて呼んでないよな?」
「そんなわけあるか! 失礼な奴だな!」
少女がキンと叫ぶ。セシルはそれに対し面白そうに笑った。
「ジョーダン」
「……偶々だよ。少し外れた場所にあるし目立たないから固定客しか来ないんだ」
「宿泊代がバカ高いとかじゃ?」
フリーズの言葉に、また少女は怒った顔になる。
「相場通りだ!
6人だったら14回の鐘の音で化け物の首一つ」
彼女はニコの持つ化け物の首を指差した。
「あれ? コインじゃないのか?」
「……私はあまり戦いが得意じゃないんだよ」
ライチは華奢な少女を眺める。納得だ。
チームは取り敢えず宿を見ようと少女について歩く。
パッチワークのように各々違う雰囲気の建物の合間を縫って暫くすると彼女の経営する宿が現れた。
こじんまりした建物だが見た目は綺麗だ。黒っぽい石造りの、三階建の宿。余計な装飾はない。
「良い所だな」
「良い友人がいるんだ」
彼女は小さな扉を開けセシルたちに手招きした。
ライチは恐る恐る宿に入る。
宿の中も清潔感のある、シンプルなところだった。
「綺麗じゃん。ひとあんしーん」
「だね。余り物には福がある、だ。
良かった良かった」
各々安心したように息を吐く。セシルはニコから化け物の生首を受け取り女に渡していた。
「じゃあこれ。取り敢えず」
「前払いか? 気前が良いな。
来いよ、今は部屋が空いてるから6人分用意できる」
「わーい!」
フリーズはドタドタと足音を立てながら女について歩いていた。ライチも慌ててその後を追う。
二階の部屋数がちょうど6部屋だった為、まるまるそこを借りることにした。
縦長の小窓付きの扉を開け、ライチは部屋に入る。
部屋の中もシンプルながら心地の良い雰囲気だった。壁の色は灰色で部屋は薄暗いが、木製の調度品と間接照明が温かみを出していた。
ライチは部屋の中央にあるベッドに横になった。天蓋付きベッドだ。
見上げるとちょうど目の先に球体のオブジェが吊るされている。なんだろうと思い指先で軽く触れてみると球体が優しく光った。
それはまるで豆電球のようで不意に懐かしさを感じる。
ここでも電気の仕組みはライチのいた世界と変わらない。そもそも物理的なことは……専門家ではない彼女には分からないが、大きく変わらないはずだ。
重力があり、熱があり、慣性の法則がある。
だがたまに"魔法"を使えるものがいて、そういう人たちが魔法の道具を作って売っていたりする。
これもその一つなのだろう。
微かに揺れるライトをぼんやりと見つめた後ライチは立ち上がった。
供物を捧げる準備をしないと。
*
ガヤガヤと辺りが騒がしい。
セシルは気がつくと薄暗い部屋の中にいた。
シンとした、底冷えのする部屋。
デンマークの彼のアパートだった。
どういうことだ。立ち上がり気が付く。
足を見るとジーンズを履いた二本の足だった。あの忌々しい獣の足ではない。
一歩踏み出すその軽やかな足の感覚に彼は顔を綻ばせた。
ローテーブルに雑に置かれたタバコと財布をポケットにねじ込んで、久しぶりに明るい気持ちで外に出る。いつもの顔触れが立っていた。
「セシル。待ってたんだよ」
「セシル、聞いてくれ」
「お前を頼りにしてるんだ」
だが彼等の腹からは内臓が溢れていた。
「どうしたんだよ……」
セシルは慌てて1人に近づいた。彼はヘラヘラと笑う。
「代償だよセシル。忘れたのか……お前の代償は俺たちだったろ?」
「ああ……」
生気の抜けた吐息が漏れ出た。
「そっちでも掃き溜め共と徒党組んで悪さしてるのか?」
「人の物盗んで生きてきたもんな」
「真っ当に生きられた試しはない」
セシルの息が荒くなる。なんなんだこれは。
彼の両手はいつの間にか赤く染まっている。酷い臭いがした。
小さな声で神への祈りを呟く。だが届かないことは彼自身よく分かっていた。
「セシル……お前、次は誰と一緒にいるんだ?」
「許してくれ、こんなことになるなんて思わなかった」
女神の代償が彼等だったと知っていたらセシルは好きこのんで異世界に来たりしなかった。
好奇心だったのだ。女神に異世界を見てみないかと言われ、そこがどんな所か気になった。
いや違う。話をした瞬間から既に代償は支払われていたのだ。
「良いんだよセシル」
1人が溢れた内臓に構うことなく一歩近付いてくる。
「俺たちは救いようのない屑さ。人を殺して、罪悪感なんて抱いたことあるか? ないだろう。
そんな屑が死んだってなんてことないさ……」
「真っ当に生きるチャンスはあった。それを掴まなかったのは誰だ?」
「だって"真っ当"なんて反吐が出るクソッタレの言葉だよなあ?」
1人、また1人とセシルに近づいてくる。内臓が地面に落ちて潰れた音がした。
セシルを取り囲むように内臓を剥き出しにした仲間が集まっていた。
「仲間を集めてるよな? 見せてくれて」
「知らないんだ。ああ、クソ。なんでこんな」
声が震える。
「知らない? なに言ってるんだ」
「俺はただ……化け物がいなくなればそれでいい。
そしたらオニツカやニコやジーナやフリーズ、ライチが楽になるだろ。それだけだ」
「なんの話をしている」
「こんなクソみてえな夢見せて何がしてえんだよ!!」
セシルは叫んだ。拳を握りエメラルドグリーンの瞳で忌々しい空を睨んだ。
「何が女神だ! 俺をこんなに苦しめるクセに!!」
大きく肩で息をし、そして彼は地面に膝をつく。
「……よくも俺の仲間を……辱めてくれたな。
俺はな……自分より上の立場の奴ってのは大っ嫌いなんだ。
供物捧げさせて、人間雑巾絞りしてろ……。供物を捧げてればお前は俺を見つけられない……その間にお前を……」
出来やしないさそんなこと。セシルは血にまみれた手で己の顔を覆った。
そしてふと気づく。女神がこんなまだるっこしいやり方をするだろうか? 何かあるなら直接語りかけてくるはずだ。
こんな……これは、夢?
顔を上げると真っ暗な空間にいた。足元には水が溜まっている。
彼の前方数メートルのところに椅子が置かれていた。そこに何かが乗っている。
セシルは立ち上がりそれに近づいた。
真っ白な肌の人形だった。
人工的な、つるりとした陶器と線対称な造り。関節部分は球になりそれをゴムが繋いでいた。だがそのゴムは伸び切って、筒状の足がダランと垂れていた。
不気味な人形だ。セシルは一歩後ずさる。
頭の位置がだいぶ傾いていて顔は見えないがそれが気味の悪さを増幅させていた。
髪は貼り付けられているようでズレ落ちたりしていない。その髪の隙間から見える鼻や唇の凹凸が、今にも動き出しそうに思えた。
いや動いている。髪が揺れ、ゆっくりと人形の首が回りこちらを見た。グラスアイがセシルを捉える。
喉の辺りまで悲鳴がせり上がり、そして目が覚める。
……なんて悪夢だ。
彼は天蓋から下がる球体に触れ明かりを点けた。
瞬きをする。そうして自分が泣いていたことに気がついた。
*
「セシルさん?」
食事を取ろうとしたライチの前にセシルがぼんやり立っていた。
顔色は青白く、表情も暗い。
「どうしたんですか?」
「……お前、夢を見たか?」
「夢……? いえ。横になっていただけなので寝てませんし」
「そうか。なら良いんだ」
何か嫌な夢を見たんだろうか? 心配になったライチは彼の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか……。悪い夢を?」
「ああ。酷い夢だ。
夢の中でこれは夢だと分かっていた……そういうことは初めてだな」
覚醒夢というやつだろう。ライチは頷いた。
「……単なる悪夢だろう。よく見るんだ。
飯食いに行こう」
「ハイ」
尻尾を一振りして歩き出したセシルの後を追う。
彼の暗い瞳を気にしながらも。




