シンメトリー
一向はついに建物が見える辺りまで辿り着いた。
トッコの街はロペの街よりも大きく、中央にある白い鐘楼を取り囲むように円を描きながら建物が連なっている。木造建築もあれば石造りの建物もある。この世界に天災は無いから、建物は適当に作られることが多い。
あるのは人災。
街が大きくなると人も増えるようで辺りは多くの人で賑わっていた。
やはりここも、下半身がヤギのようになっている女に、タコの頭の男、フリルたっぷりのドレスを着た少女など様々な文化の人々が集まっている。
この街特有の乾いた空気の中には砂が含まれているようでライチの黒い髪は触るとパラパラと音を立て砂利が落ちていく。
道には岩なのか木なのか分からないものが生えていた。
時々強い風が吹くと口笛のような甲高い音が聞こえ、立て付けの悪い鎧戸がカンカンと音を立てた。
「……空き家を探す前に少し宿で休もう」
セシルはすっかり疲れ切った顔をしフラフラと先を歩いた。彼が歩く跡の肉球を眺めてからライチは「私が予約してきます」と宿まで走る。
彼女は大部屋を二つ借りた。休むだけなら男女で分けるのみでいいだろう。
彼らは文句を言うことなく体を引き摺るようにし部屋に吸い込まれていった。
ライチもジーナとフリーズと一緒に部屋に入り少し固いベッドに横になる。
そして夢を見る間も無く眠りについた。
……ノックの音で目が覚める。ジーナは既に起きていたのかベッドに座っており、フリーズはよだれを垂らし眠っていた。
「起きてるか? 起きたらフリーズ連れて3人で技師のところに行け。
俺たちは化け物退治のついでに空き家を探す」
ドア越しにセシルが指示を出す。木の板をトントンと叩く音がする。セシルの尻尾が扉に当たっているのだろう。
「分かりました」
ジーナはすかさずフリーズのツノを持ち上げ「起きなさい」と耳元で大きな声を出した。ギャア!と悲鳴が上がりそして彼女がノソノソと起き上がる。
「んだよ、まだ節々が痛いのに……」
「あれ? マッサージ効果無かったですか……?」
「いやマッサージの効果がこれだろ」
何を言ってるんだろう? ライチは首を傾げつつ「技師のところに行きましょう」と言った。
*
店は自治チームに入りたい者が自分の能力を認めてもらうためのポートフォリオ代わりに作られる。
その働きが認められれば店は自治チームに気に入られ、そしてゆくゆく店主は自治チームに入れる……かもしれない。
このシステムのおかげで物流は回っている。
ライチ達の着る服、食べる物、使う道具があるのはその為だ。
ライチ達の目指す技師は自治チーム御用達になっている実力のある技師で、店構えも大きい。
四角形の石造りの建物の一面はこの世界では弱い素材は好まれないにも関わらず大きなガラスで、そこから店内が賑わっている様子がよく見える。
「混んでるな。めんどくせえ……。
2人で行って来なよ」
「あなたの義手なのよ!?」
「至極真っ当な返事どうも」
ジーナはフリーズのツノを掴みながら店内に入った。だがやはり混んでいるから待って欲しいと店主に頼まれてしまう。
待っている間ライチは広い店内を物色した。フリーズもまた落ち着きなく店内を物色しているが、ジーナは大きな犬の耳の生えた腕の四本ある女と軽い口論をしていた。
ジーナの歯に絹着せぬ物言いは喧嘩に発展しやすく、すでに慣れたライチは放っておいた。
木目調の家具で統一された店内は落ち着いた雰囲気で、それでいて清潔感も感じられる店だ。
待合のソファはベンチ式だが足置きまである豪華な作り。
部屋を取り囲むように人工的に作られた手や足、歯、耳……人体の一部が壁に掛けられているのは少し不気味だ。
パーツの素材はプラスチックに似ているがそれよりも柔らかそうに見えた。
そもそもこの世界にプラスチック? いや見たことあるものないもの、なんだってあるのだ。
祝福の力はうまく出来ている……。
待合室の棚に置かれた義手の模型を見ているライチの横に1人の男が腰掛けた。
黒い髪をオールバックにし、シャツから上着からスラックスまで全てぴっしりと揃えられたどこか神経質そうな男だ。黒い革手袋が彼の皮膚のように張り付いている。
彼はヒールの付いた黒の靴を右足、左足と丁寧に脱ぐ。紺の靴下も同じように右足、左足。
その足にはつま先が無かった。代わりに金属の塊がある。
ライチの視線に気が付いた男が顔を上げた。
「何か」
警戒するような低い声だった。ライチは慌てて頭を下げる。
「す、すみません……。その義足、はこちらで?」
「そうです」
「友人が義手を作りに来たんです。ここは評判が良いんですよね。
お店の雰囲気も素敵だし、人気みたいで……。
あ、あなたは化け物にやられたんですか?」
気まずく思ったライチは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
男は怪訝そうな顔をしながらも首を振った。
「自分でやったのですよ」
「……え?」
男は視線を足に戻し、手に持っていた別の義足を付け始める。
「私の足は生まれつき右足の薬指だけ短かったのです。なだらかにカーブを描いて並ぶ左足の指と違い右足は指が段々に並んでいました。
それが嫌で整形手術も考えましたが、足の指を伸ばすプレートを入れなくてはならない。でもそれでは左右対称じゃない。
ならばいっそと思い、切り落としました」
淡々とした彼の口調により恐怖を駆り立てられる。
何故そこまで……? ライチは思わず質問していた。
「左右が揃っていないと嫌なんですか?」
「ええ。だって左右対称でないと気持ちが悪いでしょう?
縫い目もキチンと揃えたんですよ……」
聞かない方が良かった。男の感情の籠らない顔を見てライチは思う。
やはりここには変な奴しかいない。
彼女が義足を付ける男に珍妙な物を見る目つきを向けていた後ろで何やらガチャガチャ音がしてくる。
またフリーズがイタズラしているのかもしれない。ライチは慌てて振り返った。
だが音を出していたのはフリーズではなく、ジーナだった。壁に掛かる義手義足を丁寧に並べ直している。
口論が終わったと思えばこれだ。
「……ジーナさん」
「どうかしたの?」
それはこちらの台詞だ。
「何をしてるんです?」
「ああ、これ曲がっていたのが気になって」
彼女は真剣な顔をして壁に掛かる足を何度も掛け直している。
確かに曲がっていたが、サンプルなのだし構わないんじゃないだろうか。
そんなジーナの横に痩身が並ぶ。例の変な男だ。
「手伝いましょう。私もずっと気になっていたんです」
「あら、良いんですか? じゃあ高いところお願いします」
2人は突如作業を始めた。店の人でもないのに勝手にこんなことして、とライチは思ったが特に止めなかった。止めたところでやるだろうからだ。
待合の人々は不審そうに2人を見ているが彼女らは気にならないらしい。
先程まで口論していた四本腕の女すらウンザリした目つきで眺めていた。
「こういうの真っ直ぐでないと気になってしまって」
「分かります。このお店に来る度直しているんですが、使う人がキチンと戻さないからドンドン曲がってしまう」
「立て付けが悪いんですね……。お店の人は気にならないのかしら」
「義足に関しては細かい人なんですけどね」
静かな声だったが待合の人も、ライチも、黙って様子を伺っていたせいで部屋には2人の会話が響いている。
「整列されてないと気持ち悪いですよね」
「本当に。私は左右対称でないと気分が悪くなってしまって」
「アシンメトリーなものってゴチャついて見えますもの」
「ええ……でも結局自然なものというのは完璧に左右対称にはならないのです。
人の顔すら、骨すらも左右で違う。人工的なものこそ美しいのでしょう」
病的だ。ライチは天井を仰いだ。
ジーナも中々の神経質さだと思っていたがこの男は彼女を遥かに上回る。
「……こんなに意見が合う人初めてですよ」
「私もです」
2人は何故か微笑み合っている。どっかおかしいのかもしれない。いや、確実におかしい。
フフフ、と和やかに笑う2人を置いてライチはフリーズを探すことにした。
もう案内されたのかと思っていたが、彼女は待合の隅の物陰でジッとしていた。
「フリーズさん?」
「静かに、オレの名前を呼ぶな」
「えーと……サワンちゃん」
「……なんだよ」
「どうしてこんなとこに? 椅子に座ってましょうよ」
「色々あんだよ。
それよりなんだあの2人? ジーナはああいうのがタイプなのか?
あんな風に笑ってるとこ初めて見たぞ」
そう言われてライチもそういえば、と思う。
いつも張り詰めたような顔をしている彼女だというのに。
「ロマンスっちゅうことですかね」
「意外だな……」
2人でコソコソと彼女達を盗み見ていると、不意にジーナがこちらに顔を向けた。
つられて男もこちらを見る。
「なんですかあの非対称の権化は……」
「恐ろしいでしょう。性格も酷いもんですよ」
「近寄りたくないですね……」
「本当」
フリーズに対して口々勝手なことを言い始めた。
フリーズは「アイツ嫌い」と呟いてライチの後ろに隠れていた。
*
フリーズの義手は腕の計測だけして、これから作製するということになった。
例の変な男に別れを告げる。またここに来るのだ、会うことになるだろう。そう思うとライチはなんともウンザリした。
3人のタスクはひとまず終了し宿に戻りベッドに横になる。
疲労は取れていたが特にやることもない。
ライチがなんとなくダラけた気持ちになっているとフリーズがおもむろに口を開いた。
「で、だ。
ジーナはあの男が好きなのか?」
「は? 誰よ」
「さっきの店にいた男だよ……男のくせにヒール履いてる変な奴」
ハラジュクにはそういう人は多いが冷静に考えるとおかしな話だ。化け物を退治するときあの足じゃ動きにくいだろうに。
ピンヒールではなかったし慣れれば動きやすいんだろうか?
「ああ。あの人。
そうね、仲良くはなれそう」
「ふーん」
「何ニヤけてるの。気持ち悪い」
「いやあ。だってお前、ああいうのがタイプなんだな……ま、お似合いだよ。オレは絶対近寄りたくないがな!」
ギャハハ! と笑いフリーズがベッドに倒れこんだ。
「ハア? やっぱり頭が鹿だとロクに物を考えられないのね。
ヒール履いてるような男好きになるわけないでしょ」
「でもハラジュクにはたくさんいますし……」
「ハラジュク?
なら聞くけどライチは自分のファッション優先させて動きにくい格好する人どう思う?」
「戦わなくていい人……」
「え? ええ……ああ。そうね。
……あの人自治チームの人だったんだ……」
ジーナが意外、というようにポツリと呟く。
「なんだ、知らなかったのか?」
「知ってたの?」
その問いにフリーズは顔をしかめた。
そうか、だから姿を隠そうとして物陰に隠れていたのかとライチは納得した。
「あー。マックィーンと歩いてるところ見たことがある」
「それは面倒」
ジーナは嫌そうに手を振って額を押さえた。
「マックィーンって誰ですか?」
「え? マックィーンのこと知らないの?」
フリーズが怪訝な顔で聞いてくる。ライチは首を振った。
「知らないです」
「そうなの? 自治チームの人よ? この辺りの地区長の側近みたいな男」
地区長は自治チームの中で3番目に偉く、更にその上の者は直接討伐チームと関わりがないため、討伐チームからも自治チームの団員たちからも恐れられる存在だ。その側近だというのにマックィーンは敬われていないようである。
「変な人なんでしょうね」
「変な人しかいないじゃない」
「そうでした……」
「それで、ジーナはあの男を手篭めにすんのか?」
彼女は思い切り顔をしかめ、舌打ちをした。
「自治チームならもっと近寄りたくないわよ」
「恋人になれば優位な立場になれません?」
「意外とあなたもそういうこと言うのね……。
でもきっと面倒よ。そもそも向こうだってそういう関係になりたいわけじゃないと思うわ。
……そういうあなたはどうなのよ」
「え?」
「好きな人いないの?」
まさかの質問にライチは口籠る。
好きな人……そう言われて思い浮かんだのはセシルだ。
彼女は慌てて首を振り彼の顔を掻き消した。
「いませんよ……それどころじゃないです」
「なら好きなタイプとかあんの?」
「フリーズさんまで。
好きなタイプは……えっと、そうですね。私を殺そうとしない人でしょうか」
「おっと。斜め上な回答だな……」
「フリーズさんはどうなんですか?」
自分の話題から逸らそうとライチは標的をフリーズに移す。
彼女はんー、と首を傾げこう言った。
「昔から男の趣味が悪くてなあ。
好きになるのはロクデナシばっかだよ」
その囁くような声はどこか寂しげで、ライチは何も言えなかった。
ここに来る前か、後か。それは分からないが嫌な目にあったことがあるのだろう。
「でしょうね」
「なんだよジーナ。お前はどうなんだ」
「思いやりのある、しつこくない、どんな人にも分け隔てなく優しくて、人を利用したりしない人かしら」
やけに具体的だ。
ライチは首を傾げた。思いやりのなく、しつこくて、非道で、人を利用してばかりのような……言ってしまえば最低の男を知っているのだろうか。
2人を盗み見る。
まだまだライチは2人のこと、いやチーム皆のことを知らない。
何があってこのチームに入ったのかも、遺骨を集めることになった経緯も、そして元の世界で何をしていたのかも。
いずれ知ることになるかもしれない。その時、ライチが何をしたのかも知られてしまうとしたら?
彼女は不意に恐ろしくなった。
この居心地の良い場所を自らの手で無くすことにならなければいい。




