次の街へ
「遺骨はセシルたちの手に渡ったようです」
低い男の声。
彼のいる部屋の中にパチパチと炎の爆ぜる音が響く。
男の体に生える黒い鱗が炎に照らされ妖しく光っていた。
「セシル……か……」
嗄れ苦しげな声の女が返事をした。
「彼等の名前を、よく、聞く……」
「目的が同じなのかもしれません」
火を囲うように人影が3つあった。彼等の顔は火に照らされている。
「遺骨を、集めて……いる……」
「恐らく」
ゆらりと炎越しに人影が動く。
彼女の背後には首吊り死体がいくつも吊るされていた。
長い赤い髪を持つ豊満な女、小柄な男、大きな青い猫、そして骸骨のような男。彼等は重要な報告を怠り酒に溺れていた。仕方がないので彼女は4人をここに呼び出し粛清したのだ。
地区長に逆らうとどうなるか忘れていたらしい。
死体の首は異様に長く足元には糞尿が漏れていた。
命令に背くものには相応しい惨めな死に方だろう。
「マックィーン、探ってきて……くれるな」
「喜んで」
マックィーンと呼ばれた男は長い尻尾を振りキラキラと目を輝かせた。
だがそれを引き止める声が上がる。
「僕がやりますよ」
「おや、君、が?」
人影は意外だ、という声を出した。
こういう時、いつもならしれっとした顔をして自分に仕事が回らないよう黙っているのに。
「はい。やりたいことがありますから」
「……なら……頼もう……。
ちゃんと、働くんだ……」
マックィーンが嫌そうな顔をしたが彼女が「他の仕事を頼む」と言うとすぐに明るい顔に変わる。
「そろそろ、出よう、か」
彼女がそう言うと部屋を出ようとする3人の足音がした。
コツコツと小気味良いヒールの音が響き扉の横で止まる。彼女が立ち上がるのを待っているのだ。
炎が動く。
鱗の生えた4本のうち、一本の腕を飛ばしマックィーンが扉を開けた。
「参りましょう、ケイト様」
炎に包まれた顔が僅かに頷いた。
裏切り者の始末は終わった。次の作業に取り掛かるとしよう。
*
「そろそろ移動するか」
食事を終えなんとなくまったりとした時が流れていた時に爆弾のような言葉。
一同はパッとセシルの方を見た。
「移動って、街を?」
「そうだ。
アクアのチームが崩壊したところに俺たちはいたんだ。絶対詮索されるぞ。
面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。
それにここにはもう遺骨は無いだろうからいる意味はない」
「なんで分かる」
「誰かが持っているならこの騒動で逃げ出すだろう。
それに、地面に埋まってる、どこかに隠されてる……そういうのは探す手間がかかる。誰かのを奪う方が楽だ」
彼はソファの上でフウと伸びをした。
それからフリーズに視線を向ける。
「大体お前の手をどうにかしなきゃならんだろ。
流石にずっとオニツカに借りておく訳にもいかないしな」
フリーズはバツが悪そうにスウと視線を逸らす。
彼女の左袖は途中から空気をはらみフワリと揺れている。
「ここの3つ隣町のトッコに腕の良い技師がいるらしい。そこに行けば義手を作ってもらえるだろう」
「ルパートに行くんじゃなかったのか?」
「こっちが先だ。ルパートの優先順位は低い」
「トッコなら街も大きいし、何か手掛かりがあるかも」
「……そうだけどよ……」
フリーズの顔は浮かない。
戸惑ったように視線を動かしている。
「何よ、歯切れが悪いわね」
「あそこの自治チームに近寄りたくない」
「自業自得でしょ」
「……そういえば、自治チームに喧嘩を売って武器を盗もうとして切りつけられたって聞きましたけど……」
「うぐ」
フリーズが喉からくぐもった音を出した。
どうやらその通りなようだ。
「違うんだ、知らなかったんだよ……。喧嘩売ったわけでもない。
なあこの話はもう良いだろ? オレも反省してるし」
「どうだか」
オニツカが冷たく言うと小屋を出てしまう。
タバコを吸いに出たらしい。
「アイツまだ怒ってんのかよ……。
まあ……オレが悪いんだけど……」
「言っておくが」
セシルの尻尾がしなりフリーズの足をピシリと叩く。
「俺もあの件は怒っている。
もう絶対二度と一人でお前を人の集まる場所に出さない」
「悪かったって……」
「次やったら残ってるツノも折ってやる」
彼の圧に負けたようでフリーズはしおしおと縮こまりライチの背中に隠れた。
だがライチはスッと立ち上がり「シャワー浴びてきます」と言った。
自分のポケットを探る。
少し遅かったようだ。フリーズの手にはライチの財布が握られている。
この世界において貨幣の価値は余り高くはない。ゲームセンターのコイン程度のものだ。
だがそれでも価値があるから持っているのだし、毎度毎度スられては堪らない。
次の食事の時フリーズのご飯の量を減らすことを誓いライチは小屋を出た。
*
街を移動するということは食事を使い切ってしまわないといけない。ライチはどう使い切るか計算する。
オニツカは何故か食事を摂らないし、ニコとジーナは偏食で食べる量も少ない。フリーズとセシルは食べる量が多いのだが、フリーズにはご飯軽減の刑を執行したい。いや、逆に全部食べてもらおうか。
そんなことを考えながらシャワーを終え小屋に戻ろうとした時だった。
茂みから音がする。
小さな音だが、人間の出す音だろう。
ライチは慎重に茂みに近付いた。彼女の元いたチームの団員がまた因縁を付けて来てしまったのだろうか。
しかしそこにいたのはオニツカだった。
彼は片手に血塗れの小鳥の死骸を掴み、口には血が付いていた。
穏和なオニツカの恐ろしい姿にライチは言葉を失う。
赤い唇が動いた。
「……ライチちゃん」
「……オニ、ツカ、さん……?」
「なんで、いや、そうか。
中々捕まえられないから……近くまで来てたんだな……」
彼は小鳥の死骸を地面に放り口元の血を拭う。
「驚かせたね。
これが俺の刑なんだ。生き物のこのクソ不味い生き血でしか空腹を埋められない」
だからオニツカの分の料理を用意しないで良いのか、という気付きとなんでそんな刑が? という驚き。
ライチの表情に気が付いたように彼の目が細められる。
「他人を騙して幸せを奪いながら生きてきた人間にはお似合いの刑かな」
「騙して?」
「俺、日本ではヤクザだったんだよ」
そう言ってポケットからタバコを取り出した。
口直しにと言わんばかりだ。
「ヤクザ……」
ライチは彼を呆然と見つめた。
まさか反社会的な人間だったとは……思わぬ正体に彼女は言葉を漏らす。
「意外です」
「そう? まあそうかな。
向いてないって毎日思ってたよ」
彼はタバコに火を付ける。ゆっくりと煙を吸い込んだ。
「やめようとは思わなかったんですか」
「やめて真っ当になれって?
馬鹿だなあ」
煙を吐き出しながらクスクスと陰険に笑うオニツカに、ライチは確かな恐怖を覚える。
「やめられると思う?」
「……足洗うって言いますし……」
「そっちだけじゃないよ……ライチちゃんは高校生だったっけ。
知らなくても仕方ないかな。
ヤクザってやめて5年まではヤクザと見なされるんだよ。その間口座も作れない、賃貸契約も出来ない……再就職なんて夢のまた夢さ。
5年間どうやって生きようか」
すうっとオニツカの目が細められた。
彼の持つタバコの煙がライチまで掛かる。
「結婚式も葬式も断られる。健康で文化的な最低限度の生活ってなんだろうね。犯罪者なんだから当然かな?
もうヤクザの時代は終わってたんだ。
でも……ああいうところじゃないと俺たちみたいな屑は生きていけないんだよ……。
屑が生きていくための居場所があそこだった」
またゆっくりとタバコを吸い吐き出すオニツカ。煙越しの表情は苦しげに見えた。
「多くの人から見たら酷い、ゴミ溜めみたいな場所だったけど俺にとっては大事なところだった。
もう戻れないけどね。
……ここもそうだ。このチームも俺にとっては大事な居場所」
黒い瞳がライチを捉える。
「ライチちゃん。お願いだから壊さないでね」
彼の声は微かに震えていた。
*
一行はトッコに向かって進み始めた。
小屋の中の荷物は凡そそのままだ。家具や生活雑貨など換えが効くものであるし、セシルの守護の力がある為しばらくどこかに行って放置しても大丈夫だからである。
もし他に拠点を移す事にする場合は自治チームに頼んで荷物を流してもらうことも、コネが必要だが可能だ。
彼等は例の遺骨と最低限の荷物だけ持って旅に出た。
この世界はすごろくのように街の端へと向かえばそのまま次の街に出る。
トッコは今いるロペの3つ隣なので大した距離にはならない。時間も3日分しか経たないのだ。
街を移動する前に気をつける事は幾つかある。
怪我をしている場合はそれを止血し治療しなくてはならない。軽い傷ならむしろ1日経過することで塞がるが、重い傷をそのままにして街を越えると最悪の場合死ぬ。
また食材は保存食でないといけない。
他にも細かにあるがライチ達はそれぞれ気をつけながら街を出た。
ロペの隣町ビスは周りが砂漠に覆われた常夏の街だ。ここで暮らすものは少ない。
明る過ぎるのだ。元々常に陽が当たるような国にいる者で無ければ睡眠障害を引き起こすので好まれない。ライチ達も少し休んでからサッサと出た。
次の街シップスは反対に暗闇の街である。辺りを沼地に囲まれたこの街は、暗いところに目が効かないと何に襲われるか分からない。
「セシルは暗いところも見えるんだろう?」
松明を持ったニコが尋ねる。これが無いと一寸先も見えやしない。
「ならここは案外居心地がいいんじゃない?」
「いや。あんまり見えない方が良いと思う。
お前達が羨ましいよ」
セシルの答えにニコは暫し硬直していた。
ライチは周りに何があるのだろうとゾッとし、松明から離れないように歩く速度を速めた。
シップスの沼地帯を抜け、やっとトッコの街の岩場に変化した。辺りは早朝のように仄かに明るい。
街と街の間には境目があり、そこでバツンと、電気のスイッチを入れたように空の色が変わる。見上げた空は雲に覆われていた。
街一つは場所によるが大抵、体感時間で2時間歩けば終わるほどの距離だ。ただ立て続けに歩くのはやはり疲れる。
一番に根を上げたのはやはりというか、フリーズだった。
「疲れた! オイ、セシル!」
「俺だって疲れてる」
「なあ、背中に乗せてくれよ。
ラクダみたいにさ」
フリーズがセシルの背中にのしかかるが彼はそれを振り払った。
「俺の繊細な腰を虐めるのはやめろ」
「立派な腰じゃん」
豹の腰をバシバシ叩くフリーズをセシルは嫌そうな顔で見る。
「腰が二個あるんだぞ? 接続部分が多いと脆くなりやすい……」
「ふうん? つまり?」
「のし掛かるな!」
セシルが後脚をブンと振り上げることでやっとフリーズは離れたが、未だに納得いかないような顔で彼を見つめている。
「折角の体なのに勿体ない」
「お前のツノを洗濯物干しにするぞ」
酷いよな、とフリーズが言いながら何故かライチの方に来た。疲労のせいで色々な人に絡みたい気分になったのだろうか? お酒じゃないんだから……。
ライチは素早くフリーズの腕を捕らえながら「ハイ」と頷く。生返事だ。
「なんだよ」
「いえ……腕を押さえてないと不安で」
「なんだ、ハハ。スったりしないよ」
彼女はケラケラと笑った後に「もう使ったからな」と小さく低く呟いた。ギョッとしライチは財布を見る。中身はほとんど無かった。
彼女はフリーズを軽く睨んでジーナの横に駆けた。フリーズはジーナに敵わないので目立つ悪さはしない。
「スリからは守れないわよ」
「もうスられる物も無いですから……」
ジーナの顔色は出発前と変わらない。それなりの距離を歩き、ニコですら仮面越しから疲労が伺えるのに、だ。
「体力あるんですね」
「あなたも。もっと早くに根を上げると思った。
持久力があるのね」
褒められたのかそうでないのか。ライチは曖昧に頷いておいた。
「セシルは論外にしてもフリーズももう少し体力付けないと……」
「セシルさんの何が論外なんですか?」
「持久力無いのよ」
ジーナは吐き捨てるように言う。「猫だから」。
「猫じゃない、豹だ」
彼は水筒の水をゴクゴクと飲みながら訂正した。
「似たようなものでしょう」
「俺は、猛獣の毛皮しか狩らないぞ」
「密猟者がなんか言ってる」
ヤクザがなんか言ってるぞ、とライチは思ったがそこには触れずセシルに視線を向ける。
「猫って体力無いんですっけ……?」
「さあ? 少なくともこの体は、動きにくい」
掠れた声を哀れに思いライチは「マッサージでもしましょうか」と提案した。
今まで何度か人にやった事はあるが「すっかり治ったからもう二度とやらないで大丈夫」とひどく好評だった。
「え、いいの」
目を輝かせたセシルの隣でオニツカが呟く。
「JKリフレ」
ライチは目を剥いた。失敬な奴である。
「じぇ……? なんだそれ」
「JKとリフレッシュの略ですよ」
「JKにリフレクソロジーなサービスをしてもらうことだよ」
「ふうん。英語に聞こえるがよく分からないな」
ライチはオニツカを見上げた。
やはりヤクザだから風俗関係に詳しいのだろう……。
彼女の怪訝な視線に気が付いたオニツカは和やかに笑う。
「流石に未成年に風俗は」
「ですよね」
「やらせなかったとは言わない。
でも俺金融系だから」
相手の職種によって金融系の意味がここまで違って聞こえるのか。それはライチにとって新鮮な驚きだった。
「ああ、でもだからフリーズさんに腕を返してもらう時トイチって言ってたんですね。
暴利だなと思いました」
「その通りなんだけど……ライチちゃんって結構アレな言葉知ってるね。
まあいいや。
トイチって言ってもこの世界じゃ意味ないだろ。時間が能動的なものになったから……。
だから適当だよ。あの時はフリーズの能力を一時的に使えるようにした」
流石にずっと使えるようにするのは無理みたいだ、と彼は言葉を続けた。
だがそれよりもライチが気になることがあった。
「……フリーズさんのこと名前で呼んでるんですね」
この間までサワンちゃんと呼んでいたのに。彼女の疑問にオニツカが馬鹿にしたように目を細めた。
「あれ? 気付いてなかった?」
「何に」
そう言ってからやっとライチは気が付いた。
フリーズが借りていたのはひだり腕。
サワンちゃん……つまり左腕ちゃん。
「サワンって……そういう」
「そうそう。これなら誰に何貸してるか忘れない」
なんとも悪趣味というかセンスが無いというか。
そういえばセシルのことも出会って少しの間「センちゃん」と呼んでいたが、彼がお金を返すとすぐに「セシル」と呼んだ。
あれは千コイン分のお金を貸していたからということか……。
「それよりマッサージはどうなってるんだ」
セシルが二人の会話に割って入る。ライチは首を傾げた。
「マッサージ、ここでですか?」
「いやできれば静かな所で2人きりに」
「セシルよりオレ様をマッサージしろよ!
片腕無いせいで変なとこ使っちまうのか、背中が痛いんだよ」
セシルの言葉を被せるようにフリーズが割って入った。
疲れたと言う割には元気である。ライチは「分かりました」と頷いた。
「じゃあそこに座ってください」
「こんな岩だらけの地面に?」
ライチが再度頷くとフリーズは怪訝な顔をしながらも地面に腰を下ろした。背後ではセシルが不満そうに鼻を鳴らしている。
ライチは靴を脱いだ。人にマッサージするのは久し振りだ。上手くできると良いが。
「じゃあいきますよ」
「おう。
ん? なんで靴脱いでっ、イタア!」
ライチはフリーズの両肩を掴み引きながら、背中に足を当て押し出した。
パキパキッと関節の鳴る音がする。
「イタイ! ライチ! やめて!」
「マッサージって多少痛いものですよ。
フリーズさん固いですね……。関節柔らかい方が怪我しませんよ。
もう少し強くしましょうか」
「なんで!? やめっ! ギャア!」
ぐぐぐとライチは足へ体重を乗せフリーズを前へ倒す。ライチからは見えないが彼女はすっかり涙目になっていた。
「勝手にお金使い込んですみませんでした!!」
「どうしたんですか急に」
かかとで肩骨の間をぐりぐりと押す。背骨の感触がした。
「謝ったのになんで強くする!? 助けて!!」
それから暫くの間フリーズはライチの自己流ハードマッサージを施術され、悲鳴を上げ続けた。チームの面々はフリーズの悲鳴をBGMに思い思いの休憩をする。
そうしてやっとの思いで命からがら解放されたフリーズは地面から動けないでいた。
体が楽になることはなくむしろ節々が痛い。素人のマッサージなんてロクなもんじゃないと思い知らされた瞬間だった。
「……それで、セシルはマッサージしてもらうの?」
「やめておこう」
決意の篭った答えにライチは眉を下げた。




