旅の目的
帰路はニコとライチがフリーズを支えながらとなった。ライチの背中には化け物の頭の入った荷物がある。
3人とも言葉は少ない。ニコもフリーズも疲れからだろう。
だがライチは違った。
疲れるほどの働きもしていない……。
そんな自分に嫌悪する。
「ライチ、聞いてんのか?」
フリーズに呼ばれ慌てて顔を上げた。考え込んでいたらしい。
「すみません、なんでしょう」
「お前酒飲めんのかって聞いたんだよ」
「お酒……は、あまり」
「そうなのかあ。
ハア、オレもうクタクタだからよ、酒でも飲んで元気になりたいんだ」
「お酒飲んだら余計疲れない?」
「ニコはそうかもな。もうおっさんだから肝臓が働かないんだよ」
「失敬な」
二人は軽口を叩きながらも疲れ切った体をなんとか動かしている。
ライチはフリーズの肩を支える腕に力を込めた。
今までのチームはライチの不死性を活かし盾にすることが多かった。何もできないライチを詰り、時には家畜扱いされたことだってある。
だがこのチームは違う。皆欠点はあるがだからといって他人の欠点をあげつらうことはせず、ライチが足手まといでも関係ないといった態度だ。
このチームは居心地が良い。だからこそ何も出来ない自分が嫌だった。
「ら、ライチ? ごめんもうしないから」
「え?」
「財布盗んだの悪かったよ……でも肩痛いんだって……そんな握らないでくれ……」
フリーズが眉を下げて片手で財布を差し出してきた。
ライチは黙って受け取る。
……ある場合を除けば居心地が良いチームだ。
*
ライチは小屋の外で空を眺めていた。
薄暗い空には雲が掠れた絵の具のように掛かっている。
「ライチ」
セシルが柳の枝のようなしなやかに身体を動かして彼女の隣に横たわる。
「セシルさん……。
……あの遺骨を何故集めているのですか」
「アレが何か知っているのか」
ライチは小さく顎を引いた。
エメラルドグリーンの瞳が僅かに細められる。
「そうか。
……待ってろ」
彼は小屋に引き返したがすぐに戻って来た。手には下顎の無い髑髏を持っている。
灰色がかって薄汚いが形はつるんとした美しいカーブを描いたままだ。
「これを手に入れたのは俺がこの世界に来てすぐのことだった。
これが何かは知らないが、化け物を操る力があると知った。それからこれを集めてる奴らがいることもな」
「それを集めている人は……争いに巻き込まれて死んでいきます」
「ああそうだな。そのお陰でこれを知っている人は少ない。死人に口なしだ」
「それがなんなのか知っていますか?」
「いや。ただきっとコイツが蘇ったら……化け物をどうにかする力があるってことは分かる」
セシルは髑髏を空に掲げる。
「それは多分女神にとって不都合な存在になり得る。いや、もうなってるのかもな。
女神ですら操れない化け物を操ることが出来るんだ……。
だから俺たちは間を空けずに供物を捧げる。供物を多く捧げるほど女神から認識されなくなるからな」
「何をする気ですか」
「元いた世界は酷い世界だった。どう足掻いても弱者は弱者のまま、利用されて絞りカスも残らない」
そう囁くセシルの声は低く震えていた。
「だがこの世界はもっと酷い。
女神か、化け物か、人か、そのどれかにいずれ殺される。
一番酷いのは女神だ。気紛れに誰かを苦しめ殺す」
前団長が惨殺される光景がライチの脳裏に浮かぶ。
この世界は女神の物だ。彼女はこの世界の支配者であり独裁者であり、唯一の法。
セシルは女神をどうにかしたいのだ……。
「……俺の目的はコイツを蘇らせることだ」
「まさか」
「この世のどこかに、蘇生の祝福を与えられた奴がいるはずだ。そいつを探して、コレを蘇らせる。
そうしろと誰かが言ってるんだ」
彼は髑髏の口蓋を見せてきた。
そこには歪んだ文字で「HELP」と掠れながら刻まれている。
その後には「REVIVAL」とあった。
「セシルさん、これ」
「英語だ。
他の世界の奴らにも見せたがこんな文字は見たことないと言っていた。
HELPとREVIVAL。
誰かがこの髑髏を見つけて、復活させろと言ってる。助けを求めてる」
ライチは愕然としたまま文字を見つめた。
セシルはまるで彼女を気遣うようにトーンを落とし話を続ける。
「俺たちの世界の誰かが、何か知ってるんだ」
「……だからあなたは私に声を掛けてくれたんですね……同じ世界の人だから何か知ってるのかと……」
「それもある」
エメラルドグリーンの瞳に圧されライチは目を逸らした。首を微かに横に降る。
「分かりません、わたし。
そもそもなんで私にこんな話を? 私が裏切ってこの髑髏を誰かに渡してしまうかもしれないのに」
「いいや、お前は裏切らない」
「なぜわかるんです」
「お前もこれを探してたんだろ」
グッと、ライチの喉が詰まった。
何故それを? 彼女の瞳だけの問いにセシルは頷いた。
「分かるさ。
お前はあれだけ惨いことをされながらも決してあのチームから離れなかった。
何されても耐えていた……何か目的があるからだと思ったよ。
大きなチームであれば遺骨の情報が集まりやすいからだな?」
「……そうです」
「それから、オニツカに聞いたんだが、アクアを裏切った女が骨を見せた時お前が一番に気が付いたらしいな。
あの薄汚れた歯を見て、一瞬で気が付くってことは何か知ってるか、常にそのことが頭にあるってことだ」
次はライチは返事をしなかった。いや出来なかった。
そこまで分かられていただなんて。
「誰かと手を組んでこれを集めてるのかとも思ったがそれにしては効率が悪いし、体を張りすぎている。
お前は一人でこれを探している。仲間がいないんだ。
……だから俺を裏切らない」
「……そんなの分かりませんよ……私がどんな悪人か知らないのに……。
目的も分からないでしょう」
「目的は……単に化け物から離れたいんじゃないのか」
「……え……?」
「お前化け物が怖いんだろう?
人相手だと多少なりとも攻撃はできるのに化け物には体が竦んでそれができない」
その通りだ。彼女は化け物が恐ろしくて堪らない。
「……そもそも人を裏切れるほど器用じゃないだろ。全部顔に出てるよ」
セシルの手がライチの頬に伸び、顔を上げさせる。
「わたし、でも……ひどい人間です。人を見殺しにするし、足手纏いだし、何も出来ない……」
「俺もひどい人間だよ。そもそもこの世界は屑しかいないんだ。
お前が善人であることなんてハナから期待してない」
ライチの黒い瞳は薄い涙に覆われていた。
彼はライチの頭を撫で、そのまま己の胸に引き寄せた。
「戦いにお前は近づかなくていい。最初に言っただろう。
戦闘要員として連れて来たんじゃない」
「はい……」
「俺たちと一緒に遺骨を集めてくれるな?」
セシルの胸の中でライチは何度も頷いた。
セシルは優しくライチの背中を摩る。
何故こうも涙が溢れるのかライチには分からなかった。
ただ自分に期待せず、苦しみを分かってくれる人が共にいてほしいといってくれること。それが堪らなく嬉しかった。
セシルの体温が心地いい。
彼はライチが泣き止むまでずっと背中を撫でていた。
不意に彼が長い尻尾で地面を打った。
ライチはハッとして慌てて体を離そうとするがセシルにしっかり抱き締められたままだ。
「ちょっと邪魔が入っただけだ。気にするな」
「あ、でも……その、ご迷惑を……」
自分のしていることに気が付きライチはたまらなく恥ずかしくなる。
また抱き合ってしまった……。
「何を馬鹿なことを。
……いや、場所を移動するか……」
「え? どうしたんです?」
「ここじゃうるさくて敵わない……。
静かなところに行こ、痛ッ」
突然彼は後頭部を押さえて背後を睨む。
「……セシルさん?」
「……戻るか」
「ハイ」
なんだかは分からないがセシルは体を離し小屋へと戻る。
扉を開けるとすぐの所にオニツカが立っていた。
いつもの柔和な笑み……というよりはどこか馬鹿にしたような顔だ。
「変態」
「誰が変態だ」
ライチ達が小屋に入るとすぐにフリーズとニコが入って来た。
「お前らな……」
「え? どうかしたの? フリーズ分かる?」
「ボクも分かんないよ〜」
「ねー」
余りにも寒々しい茶番の後二人はサーっと部屋へと戻っていく。
ライチは首を傾げた。
つまり、今、見られていた?




