02-D
途切れることのない破砕音。
地面と大気を震わせ、私が立つ場所までそれらは届く。あらゆる方角から。
「!」
眼前の建物の壁が爆発するように砕け散り、巨大な頭が現れる。触覚の生えた、赤い頭だ。
4メートル以上はある黒くて長い胴体には、無数の黄色い足が蠢いている。
スレイヤーという名の、ムカデ型ファミリアだ。
その大きく鋭い顎で挟まれれば、石造りの建物すら破壊されてしまう。
ギシギシと音を立てながら地面に下り立ったスレイヤーは、そばにいた私に気付いて顎を打ち鳴らした。
あれで挟まれれば、人間など一瞬で真っ二つ。私も例外ではない。
だけど、そう易々と挟まれてやるつもりは無い。
剣を構えた途端、スレイヤーはいくつもの足で地を蹴り、私に飛びかかってきた。顎を目いっぱいに広げ、たとえ挟めなくとも、その巨体で踏み潰そうという算段だろう。
後ろへ跳べば、直後、ムカデの顎が地面に激突。さらに後ろへ跳び、砕け飛ぶ石や土塊を躱す。
着地と共に、前へ。と同時に、土煙の向こうからムカデの頭が現れる。
大きく開かれた顎は目の前。だけど私は足を止めない。
顎の攻撃範囲に入った私を殺すために、ムカデは顎を閉じていく。実際、かなりのスピードなんだけど、私には止まって見えた。
大きく跳び上がり、ムカデの頭に着地。顎が閉じられ、金属音のような音が響いたのは、それとほぼ同時だった。
一瞬動きの止まったムカデだけど、敵が自分に飛び乗ったのを理解したか、一気に頭をもたげていく。振り落とすつもりか。
そうはさせない。
触覚を掴みつつ、剣を頭部と胴体の隙き間へ振り下ろす。頭部や背中の表皮は硬く、剣では歯が立たないけど、表皮と表皮の繋ぎ目や腹部は、割と柔らかい。それでも少し硬いけど、刺せないほどではない。
剣がずぶりとめり込んでいくと、ムカデは身体を大きくくねらせて暴れ出す。
もがき苦しむムカデは、どうにかして私を排除しようと、近くの建物に頭をぶつけ始めた。
さすがに危ない。私は剣を引き抜き、2メートルほどの高さから地面へ下り立った。
そして、苦しみもがくムカデにとどめをさすため、再度接近。胴を半ばで断ち斬る。
半分になったところへさらに一閃。それを繰り返し、とうとうムカデは頭部だけになった。
……こんな状態になっても、まだわずかに生きている。とんでもない生命力だ。
「おい、マリサ。何匹殺った?」
そこへ、リュシーが現れる。私は彼女の方へ顔を向けつつ、足元で蠢くムカデの頭部を蹴り飛ばす。
「今、20体目」
「早ぇよ! こっちはまだ10匹も殺してねぇっつーのに」
慌てた様子で、リュシーは破砕音のする方へ駆けて行った。
ふと、蹴り飛ばしたムカデの頭部を見れば、近くの建物の壁に噛み付いたまま停止していた。ようやく死んだか。
気を取り直し、音を探る。……まだまだ、スレイヤーはそこかしこにいるようだ。
さて、次に行こう。
クエスタの東側にスレイヤーの大群が押し寄せてきたのは、まだ夜が明ける前のこと。
眠っていた私たちは、協会員の笛の音に起こされ、戦場へと駆り出された。
東へ行くと、すでに傭兵たちとムカデたちの戦いが始まっていた。
敵の数はかなり多かったけど、こいつらは大きいだけで強敵というほどではない。ほかの傭兵たち同様、私たちも苦戦することなく戦うことができた。
するとリュシーが、誰が一番多く倒せるか勝負しようと言い出し、現在に至る。
「!」
右の曲がり角から1体、左手にある建物の中から壁を壊してもう1体が現れる。
奴らは、すぐに私を標的とし、襲いかかってきた。
スレイヤーの大群が全滅したのは、襲撃から2時間ほどが経った頃だった。
太陽はすっかり姿を現し、クエスタの街を明るく照らしている。
巨大ムカデ共に蹂躙された街並みは、もはや瓦礫の山だった。この辺りと比べれば、中央の方はまだ街の原型を保っていると言える。
「担架! 担架はまだかっ!」
「誰か手を貸してくれっ! 生き埋めになってる!」
どこにこれだけの人間がいたのかと思うほど、瓦礫まみれの通りには人の姿があった。
「早く運べっ! 手遅れになるぞ!」
「死にたくない……。死にたくないよぉ……」
誰もが叫び、走り回っている。
まだ薄く土煙の残るそこには、ファミリア以外に人間も、数多く横たわっていた。
ファミリアの緑の体液に、人間の血の赤も混じっている。
ちょうど私たちの横を通って行った担架に乗せられていた傭兵は、ぴくりとも動いていなかった。
「こりゃマジで、とんでもねぇとこに来ちまったようだな……」
赤く染まる担架を見送りながら、リュシーが呟く。
「あれだけの大群に攻め込まれたら、そりゃこうもなるよね……」
建物の壁にもたれて手当てを受けている傭兵を見ながら、テッサも呟く。
スレイヤー自体は、1対1なら低ランク傭兵でも勝てる雑魚ファミリアだ。
だけど、街の東側の一部を埋め尽くすほどの大群ともなると、そうはいかない。
戦いは数が多い方が勝つという言葉は、私たち傭兵には当てはまらないことが多い。
でも、それは一部の実力者限定のことであって、実力が伴わなければあっけなく負ける。
今回の戦いでも、同じことが言えるだろう。
おそらく、何人かは死んだ。
だけど、私たち3人は生き残った。だいぶ余裕を残して、だ。
私たちは、ここでもやっていける。通用する。それだけの実力がある。
「んで、あんたらは何匹殺したんだ? あたしは29匹」
得意気に告げるリュシーに、テッサは「勝った!」と発した。
「私、31体~」
「へっ。たった2匹多いだけじゃねぇか」
そうは言うものの、リュシーは悔しそうだ。
2人の目が、私に向けられる。
「マリサは? 何体やっつけたの?」
「44体」
答えると、2人は目を丸くした。
「44~? ちゃんと数えてたんだろうなぁ」
「数えとけって言われたから、数えてたよ。ちゃんと」
リュシーは舌打ちして、私から顔を逸らした。そんな妹の肩に、テッサが手を置く。
「まぁまぁ。次勝てばいいことだよ。ずっと負けっぱなしってわけでもないんだしさ」
姉の言葉に、リュシーは「ったりめぇだ」と返し、肩に触れる手を払いのけた。
「次は負けねぇ。覚えとけ」
「……」
もう、何度も聞いたセリフだ。
こっちは、別に勝負するつもりなんて無いんだけど。
でも、嫌ではないので、これからも付き合おうと思う。
「あっ、そうだ」
突然、テッサが何かを思い出したように声を出す。
「ねぇ、配給品を受け取りに行こうよ。確か、受け渡しって朝だったよね?」
言われて思い出した。そういえば、そんなことを聞いていたっけ。
「そういやそうだな。んじゃ、中央広場に行こうぜ」
リュシーの横にテッサが並び、私はその後についていく。
周囲では、傭兵や協会員、そして医療関係者たちが、忙しなく動いている。
傷ついた人たちを、助けるために。
私たちは、その中を一切立ち止まることなく進んでいった。




