02-C
原型を留めている建物は、街の中心部ですらほとんど無い。
中央広場に面している建物のいくつかは、今も営業している店のようだけど、ドアや窓が無かったり、屋根が一部無くなっていたりと、普通なら考えられない有り様だった。
……そうか。今まで私たちは、まだまだ“普通”の場所で暮らしていたんだな。
私たちの前にある、ツギハギだらけのプレハブ小屋。
これが、ここクエスタの協会支部らしい。
……確かに、ドアの横にそうペンキで書いてある。
何回建てても壊されるから、簡単に建て直せるプレハブ小屋にしたんだとか。
「あ? 誰もいねぇじゃねぇか」
ドアを開けて中を覗いたリュシーが、そんな声を上げる。
「皆、外に出てるんだろう」
支部の裏手に馬車を置いて戻ってきた協会員の男性が、そう言った。
すぐさま、リュシーが噛み付く。
「出てるって、どういうことだよ」
「この辺りでは、ほとんど引っ切り無しにファミリアが出るからね。傭兵は仕事の報告をしようにも、支部へ足を運ぶ暇が無いのさ。だから、我々の方から報告を受けに回るんだよ」
なるほど。
「じゃあ、あたしらの手続きはあんたがやれよ。誰かが戻ってくるまで待ってるなんて、ごめんだからな」
指を差された協会員は、「もちろん、そのつもりだよ」と苦笑い。
「いくつか書類を書かなければならない。とりあえず入ってくれ」
協会員に促され、私たちは支部の中へ。
クエスタにある施設の中で最も重要視されているのは、協会支部ではなく、病院だ。
毎日、必ず複数人が怪我を負って運ばれていくらしい。そして、週に10人前後は死人が出る。傭兵と協会員を含めてだ。
病院には死体も運ばれ、引き取りの馬車が来るまで安置される。
こんなところまで来てくれる医療関係者は貴重なようで、ファミリアと戦う傭兵たちよりも待遇が良いのだとか。
確かに、医者に逃げられてしまえば、ここでの戦闘は続けられないだろうからね。
それだけファミリアの多いこの街だけど、ここですら、最前線ではない。
一体、戦闘地域の最前線はどんな状態なんだろうか。想像もできないな。
そして私たちは今、家を求めて街を歩いている。
いろいろと話をしてくれた協会員によると、この街には一般住民は残っていないから、好きな家を使ってくれて構わないとのこと。
もちろん、無料でだ。
「好きな家を使えって言われてもなぁ」
周囲をキョロキョロと見回しながら歩くリュシーの顔は、厳しい。
どの家も、ほぼどこかしらが壊れているのだから、そんな顔になるのも頷ける。
「中央広場から、あんまり離れてない場所がいいよね。配給品を取りに行くのに遠いと面倒だし」
テッサがそう言うと、リュシーは「ああ、配給品なぁ……」と溜め息。
クエスタには、食堂など、食事を提供してくれる店が一切無い。店舗自体はあるけど、その従業員たちはとっくに西へ避難した後だ。
それに加え、食料品などが買える店も無い。こちらも、店舗だけは残っている。
だから、水と食料は、毎朝配給されるものだけでなんとかしなければならないらしい。
今日のところはこれで我慢してくれと、水の入った大きめの容器と袋に詰められたパンを、協会支部を出る時に渡された。それらは今、私が持っている。
「なんか、いよいよやべぇところに来ちまったって感じだな~」
周囲を見る動作を続けつつ、リュシーは呟く。
「そだね~。ボロボロの街、食事はロクな物が無い。そしてファミリアの数はアマビスカ以上。……戦場に来たって感じがするよ」
いつもは穏やかなテッサの顔も、さすがに元気が無い。
……私は? 私はどんな顔をしているんだろう。
そんなことを考えるのとほぼ同時に、リュシーがこちらを振り返った。
「おい、なんでそんなに楽しげなんだよ、あんたは」
「え?」
楽しげ? 私が?
すると、テッサが私の右腕に腕を絡めてきた。
「マリサはこう言いたいんだよ。私は、あなたたちと一緒にいられればどこでもいいよ、って」
「はぁ?」
ニヤリとしながら言うテッサに、リュシーは頬を歪めた。
「ねぇ、マリサ。そうでしょう?」
時々見せる、テッサの意地悪な笑みだ。
……間違ってはいない。だから私は頷いて見せた。
テッサは「ほらぁ」とリュシーを見る。リュシーは溜め息一つ、立ち止まった。
「どこでもいいっつったってなぁ。見ろよ周りを。まともに生活できそうな家があるか?」
言いながら、私の方へ振り返るリュシー。
「まぁ、こんな場所でまともな暮らしができるとは思ってねぇけどよ、寝る時くらい落ち着ける家じゃねぇとな。最低限」
妹の言葉に、テッサは「だね~」と同意。私の腕から離れる。
「ちゃんと屋根があって、ドアと窓には鍵をかけられるのが条件かな」
姉の言葉に、リュシーは「そうそう」と同意。何度も頷く。
「……」
その後もあーだこーだと話し合う姉妹をよそに、私は通りに面したある一軒家を見つめていた。
……条件に、合うんじゃないか?
「ねぇ」
その家を指差す。
「あ?」
「どしたの、マリサ」
姉妹も、私の指に促されてその家を見た。
「屋根もあるし、ドアも窓もある」
そこにあるのは、平屋の小さな家だった。
「おお、なんだ。壊れてない家もあるじゃんか」
リュシーとテッサが、通りを渡ってその一軒家へ駆けていく。私もその後に続き、3人並んで目の前の家を見上げる。
狭い敷地内に佇むその家は、外観はそこそこ汚れているものの、どこかが壊れているような感じは無い。
アマビスカで住んでいた家よりだいぶ小さいけれど、身体を休めるくらいならこれで充分なんじゃないだろうか。
「ここなら、中央広場からそんなに離れてないし、いいかも」
微笑むテッサに、しかしリュシーは目を細め、「問題は……」と家の敷地に入っていく。
「先客がいるかもしれないってことだな」
そう言いつつ、玄関のドアをノックするリュシー。
……反応は無い。
リュシーはおもむろに、ドアノブを動かす。すると、ガチャリと音がしてドアが開いた。
「随分ホコリっぽいな。誰も住んでねぇんじゃねぇか? これ」
中を覗き込んだリュシーは、そう言ってドアをいっぱいまで開く。
「入ってみようぜ」
顔だけ振り返るリュシーに、テッサは「うん!」と玄関へ。私も続く。
家の中には、確かにホコリっぽい臭いが充満していた。
おそらく、長期間空気の入れ換えがされていないんだろう。歩くたびにホコリが舞い上がる。
とりあえず、換気のために窓を開ける。
「荒らされた様子も無ぇし、家具も大体揃ってんな」
「うん。掃除さえすれば、すぐに住めるようになりそう」
2人の声を背中で聞きつつ、私は窓から外を眺める。
家の前は、すぐに大通り。その先に見えるのは、壊れた建物が並ぶ、戦場の光景。
決して、楽しめるような景色ではない。
「どうする? ほかも探してみる?」
「いや、とりあえずここでいいだろ。街の中にファミリアが来るなら、そこらじゅうを歩くことになるだろ? もし別に良さそうな家を見つけたら、そん時移動すりゃいい」
「そだね。ねぇ、マリサ。あなたもここでいい?」
テッサの声に振り返り、「うん」と頷く。
「よっし、決まりだな。んじゃ早速、掃除しようぜ。こんなホコリまみれの場所で寝たくねぇからな」
「掃除道具、あるかな~」
そうして私たちは、日が暮れるまで家の掃除を続けた。
静かな夜。
今も、街の東側では絶え間なく戦闘が続いているはずだけど、その音はここまで届かない。
私はソファに寝転がり、窓の外に見える星空を見つめていた。
隣のソファでは、リュシーが寝息を立てている。そのソファは、ほかの廃墟から運び込んだ物だ。
テッサは、元々家にあったベッドで眠っている。ベッドで寝るかソファで寝るかは、毎日くじ引きで決めることにした。
「……!」
突如、あることを思い出し、ゆっくりと上体を起こす。
そういえば、あの家って……。




