第97話 研究院の結論と、お腹の問題
研究院の空気は、まだ少し混乱していた。
壊れた測定器。
その場での完全修復。
しかも性能向上。
普通なら大騒ぎだ。
実際、研究員たちはまだ小声で何か話し続けている。
「理論が合わない……」
「術式省略じゃ説明できないぞ……」
「そもそも発動構造が――」
ラウフェンが深く息を吐いた。
「……今日はここまでだ」
研究員たちが顔を上げる。
「これ以上やっても混乱が増えるだけだ」
「ですが主任――」
「まず副学院長へ正式報告を上げる」
ラウフェンは疲れた顔だった。
「分類は後だ」
エルミナが小さく頷く。
「賛成です……」
レオンが笑う。
「もう諦め始めてるな」
「諦めてはいません」
エルミナは即答した。
「ただ理解の順番を変えています」
「同じようなもんだろ」
ラウフェンはカイを見る。
「カイ君」
「はい」
「君について、“危険だから拘束する”という話にはならない」
ティアがほっとした顔になる。
リナも少し肩の力を抜いた。
ラウフェンは続ける。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「刺激しない」
真顔だった。
レオンが吹き出す。
「やっぱその結論になるよな」
カイは首を傾げる。
「?」
だが、その時。
カイのお腹が鳴った。
ぐぅ、と。
妙にはっきり響いた。
沈黙。
リナが目を逸らす。
ティアが「あっ」と声を漏らした。
レオンが肩を震わせ始める。
カイ本人は普通だった。
「……お腹すいた」
「緊張感全部壊したなお前」
レオンがとうとう笑い出す。
ラウフェンも数秒黙ったあと、小さく息を吐いた。
「そういえば昼を過ぎていたか……」
研究員たちも一気に空気が抜けた。
さっきまで国家級案件みたいな空気だったのに。
原因本人は空腹だった。
ティアが慌てて鞄を見る。
「お、お菓子あります!」
「あるの?」
「はい!」
小さな焼き菓子を取り出す。
カイの目が少しだけ動いた。
リナが苦笑する。
「分かりやす……」
だがラウフェンが止めた。
「いや、せっかくだ」
「?」
「食堂へ案内しよう」
エルミナが少し驚く。
「研究院側食堂ですか?」
「静かだし、一般生徒も少ない」
レオンが笑う。
「なるほど。“快適性優先”か」
「副学院長命令だからな」
ラウフェンは真顔だった。
カイは少し考える。
「……美味しい?」
研究員たちがまた黙る。
ラウフェンは数秒考えたあと答えた。
「王都でもかなり上位だと思う」
「行く」
即答だった。
リナが吹き出す。
「判断早っ」
ティアも嬉しそうだった。
「楽しみですね!」
そして一行は、研究院区画の奥へ歩き出す。
さっきまでの“測定不能の怪物”みたいな空気は、少し薄れていた。
代わりに今あるのは。
――お腹を空かせた、ちょっと変わった少年をどう扱うか。
そんな妙に平和な問題だった。




