第96話 評価不能と、王都中枢の決定
研究院が静かに混乱していた。
「性能が上がってる……」
「術式循環効率、十二%改善」
「熱暴走耐性まで強化されてるぞ」
「なんで修復しただけで改良されるんだ……!?」
研究員たちが次々に測定結果を確認していく。
そのたびに悲鳴みたいな声が増えた。
カイ本人はというと。
「壊れにくい方がいいから」
本当にそれだけの感覚だった。
ラウフェンは深く息を吐く。
「……君は、“直す”時に何を見ている?」
「ん?」
「構造か? 魔力流か? 術式理論か?」
カイは少し考える。
「……ちゃんと動く形?」
研究員たちがまた黙る。
曖昧だ。
なのに。
結果だけが完璧すぎる。
エルミナが小さく呟いた。
「感覚で超高度解析をしている……?」
「ありえん」
ラウフェンは即答した。
「そんなもの成立するなら、理論体系が崩壊する」
レオンが横から言う。
「でも現にやってるぞ」
「それが頭痛の原因だ」
ラウフェンは真顔だった。
その時。
後方にいた研究員の一人が、小さく口を開く。
「主任」
「なんだ」
「……これ、本部案件では?」
空気が変わった。
研究院の“本部”。
つまり。
王都魔導院、そのさらに上。
国家中枢級の話になる。
ラウフェンは数秒黙る。
そして。
「既に半分そうなっている」
静かに答えた。
ティアが少し不安そうになる。
「だ、大丈夫なんですか……?」
ラウフェンはカイを見る。
その視線にはもう、“危険物”を見る色は少なかった。
代わりにあるのは。
理解不能な自然現象を見る目だ。
「……少なくとも」
ラウフェンは静かに言った。
「敵対するべき存在ではない」
研究員たちも反論しない。
むしろ全員、同じことを考えていた。
もし敵対した場合。
被害予測が不可能だ。
しかも。
本人に悪意がほとんど無い。
そこが逆に怖い。
カイはそんな空気の中、普通に測定器を見ていた。
「もう壊れない?」
研究員が反射で答える。
「た、多分……前より壊れません……」
「よかった」
満足そうだった。
ラウフェンがとうとう笑ってしまう。
「……君、本当にそれだけなんだな」
「?」
「壊れているから直す」
「使いにくいから整える」
「不快だから快適にする」
「君の行動原理は、驚くほど単純だ」
カイは少し考えてから頷いた。
「快適な方がいい」
「その“快適”で国家級魔法を使うな」
レオンが即座にツッコむ。
周囲から少し笑いが漏れた。
緊張が、ようやく少し緩む。
だが。
ラウフェンだけは静かに考えていた。
(……問題はそこじゃない)
この少年は。
まだ“本気で何かをしようとしていない”。
全部ついでだ。
生活の延長。
呼吸の延長。
だからこそ予測不能。
その時。
研究院の通信魔導具が淡く光った。
研究員が反応する。
「主任、本部通信です」
「……早いな」
ラウフェンが受け取る。
数秒後。
彼の表情が少し変わった。
「なるほど」
通信が切れる。
レオンが聞く。
「なんだ?」
ラウフェンは小さく息を吐いた。
「副学院長命令だ」
「“監視対象”から変更」
エルミナが目を見開く。
「変更……?」
ラウフェンは苦笑した。
「“保護優先対象”だそうだ」
リナが吹き出す。
「保護!?」
「判断が早いなセレスティア様……」
エルミナが遠い目をする。
ラウフェンは真顔だった。
「“絶対に居心地を悪くするな”とのことだ」
レオンがとうとう笑い始めた。
「はははっ! 分かってきたじゃねえか!」
ティアは嬉しそうだった。
「よかったです!」
カイだけがよく分かっていない。
「?」
ただ。
次のラウフェンの一言には、少しだけ反応した。
「宿舎設備についても最優先対応らしい」
「……いい人?」
カイが聞く。
ラウフェンは少し考えてから答えた。
「多分、必死なんだと思う」




