第92話 西側庭園と、無意識の整備
第90話 西側庭園と、無意識の整備
王都西側区画。
そこへ近づくにつれ、街の雰囲気が少しずつ変わっていった。
人通りは減る。
騒がしさも薄れる。
代わりに、整いすぎた静けさがあった。
広い石畳。
均一に剪定された木々。
白を基調にした高級建築。
いかにも“上流”という空気だ。
リナが周囲を見回す。
「うわぁ……露骨に高そう」
「実際高い」
レオンが答える。
「この辺は上級研究者と貴族関係者の区画だからな」
ティアは少し緊張していた。
「なんだか別世界みたいです……」
その時。
カイがふと立ち止まる。
「?」
視線は石畳へ向いていた。
道の一部が少しだけ欠けている。
ほんの小さな段差。
普通なら気にしない程度。
だがカイはしゃがみ込む。
「……危ない」
「え?」
リナが見る。
本当に小さなひびだった。
カイはそこへ軽く触れる。
「【修復】」
淡い光。
次の瞬間。
欠けていた石畳が、何事もなかったみたいに元へ戻った。
継ぎ目すら見えない。
エルミナが固まる。
「……は?」
レオンが頭を押さえた。
「また自然に高等魔法使いやがった……」
ティアが目を輝かせる。
「すごいです!」
カイは普通に立ち上がる。
「転ぶと危ないから」
「いや理屈は分かるけど!」
リナがツッコむ。
アルトが石畳を見下ろした。
「……完全修復か」
エルミナが小さく説明する。
「【修復】は構造把握系統の魔法です」
「対象の損傷状態を解析し、元の状態へ復元する」
カインが目を見開く。
「それって研究棟の修繕班が使うやつですよね?」
「はい。しかも通常は専門分野です」
エルミナはまだ少し信じられない顔だった。
「材質把握、劣化解析、魔力圧調整……精密制御が必要な魔法です」
レオンが苦い顔をする。
「失敗すると逆に割れる」
「そんな難しいの?」
リナが聞く。
「かなり」
即答だった。
「魔導具修復師って職業があるくらいには専門技能だ」
だが。
カイ本人はそんな空気を気にしていない。
少し先を見ていた。
「……あっちも」
視線の先。
壁の角が少し崩れている。
カイは普通に歩いていく。
「ちょ、待ちなさいって!」
リナが慌てる。
だがカイは壁へ軽く触れた。
「【修復】」
また一瞬。
崩れていた部分が綺麗に戻る。
しかも色味まで周囲と一致していた。
アルトがとうとう笑ってしまった。
「君、街の整備員か何かか?」
「壊れてると気になる」
カイは真顔だった。
レオンが吹き出す。
「ははっ……もうダメだろこれ……」
ティアは感心しきっている。
「カイ様、本当に何でもできますね……!」
カインは半ば呆然としていた。
「なんでそんな魔法を普通に……」
「普通じゃないぞ」
レオンが即答する。
「それ、学院でも専門課程だ」
その時。
カイは今度は噴水近くのベンチを見る。
表面に少し汚れが付いていた。
「……汚れてる」
嫌そうだった。
そして。
「【浄化】」
ふわり、と空気が流れる。
ベンチの汚れが、一瞬で消えた。
ティアがぱちぱち拍手する。
「綺麗になりました!」
エルミナはもう遠い目だった。
「生活魔法の概念が壊れていく……」
アルトは額を押さえる。
「副学院長の苦労が少し理解できた気がする」
そしてその時だった。
庭園奥の通路から、数人の魔導師が歩いてくる。
ローブ姿。
年齢は高め。
胸元には紫色の紋章。
エルミナの表情が変わった。
「……研究院?」
レオンが小さく舌打ちする。
「面倒なの来たな」
先頭の長身の男が、一行へ視線を向ける。
そして。
ちょうど“ベンチをピカピカにした直後”のカイを見て、ぴたりと止まった。
「……君が、“例の少年”か」




