第89話 視線の温度と、興味のない挑発
「ですが、本当に実力があるかは別でしょう」
その言葉を口にしたのは、アルトの後ろにいた銀髪の男子生徒だった。
年齢はレオンと同じくらい。
整った制服。
胸元には青章。
だが視線には、露骨な棘が混じっていた。
古水路沿いの空気が少し静かになる。
ティアが不安そうにカイを見る。
リナは小さくため息を吐いた。
(来ると思った)
レオンの目も少し細くなる。
「おい、やめとけ」
「事実確認ですよ」
銀髪の生徒は肩をすくめる。
「噂だけが一人歩きしているようですし」
アルトは軽く眉を寄せた。
「……カイン」
「ですがアルト様――」
「ここは学院の決闘場じゃない」
静かな声音だった。
だが、止める意思は感じる。
それでも。
カインと呼ばれた男子生徒は納得していない顔だった。
視線がカイへ向く。
「副学院長直々の観察対象。銀章付き来賓。魔法式なしの魔法」
一つずつ並べる。
「正直、話が出来すぎている」
カイは少しだけその顔を見る。
「……?」
本当に意味が分かっていない顔だった。
カインが少し眉をひそめる。
「つまり、本当にそれだけの実力があるのか疑問だと言っているんです」
「なんで?」
「なんでって……」
逆に詰まった。
カイは普通に続ける。
「別に困ってないならいいんじゃない?」
静かだった。
挑発も、怒りもない。
本当に“どうでもいい”という声だった。
リナが額を押さえる。
「うわ、相性最悪……」
レオンは吹き出しそうになるのを堪えていた。
カインは少し顔を赤くする。
「あなたは、自分が疑われているんですよ?」
「うん」
「なら弁明くらい――」
「疲れる」
即答。
数秒沈黙。
ティアが小さく笑いそうになるのを堪えていた。
アルトはとうとう口元を押さえて横を向く。
「……ふっ」
「アルト様?」
「いや、すまない」
肩が少し揺れている。
どうやら笑ったらしい。
レオンも限界だった。
「ははっ……お前ほんとそういうとこだぞ……」
カインだけが置いていかれている。
「なぜ笑うんです!?」
リナが苦笑した。
「だって、煽りが全部空振りしてるもの」
カイはそもそも競争に興味がない。
上とか下とか。
証明とか。
勝負とか。
そういう方向へ意識が向いていない。
だから挑発が成立しない。
その時。
カイはふと古水路の方を見る。
「……魚いる」
話題が変わった。
全員そちらを見る。
本当に小さな魚が水の中を泳いでいた。
ティアが目を輝かせる。
「可愛いです!」
カイは少ししゃがみ込む。
流れる水。
泳ぐ魚。
風。
さっきまで少し悪くなっていた空気が、また落ち着いていく。
カインは完全にタイミングを失っていた。
アルトが小さく息を吐く。
「……君の負けだ、カイン」
「ですが……」
「相手にされていない」
静かな言葉だった。
カインは悔しそうに黙る。
一方カイは。
「この辺、静かでいい」
もう完全に別のことを考えていた。
レオンが苦笑する。
「お前、本当にブレないな……」
その時だった。
水路の向こう側から、突然ざわめきが起こる。
「おい、あれ……!」
「子供が――!」
空気が変わった。
レオンとアルトの表情が一瞬で切り替わる。
カイもゆっくり顔を上げた。




