第88話 赤髪の青年と、貴族の空気
古水路沿いの空気が、少しだけ張る。
赤髪の青年は整った笑みを浮かべたまま、ゆっくりこちらへ歩いてきた。
制服の質も、纏う雰囲気も明らかに上位貴族。
後ろには取り巻きらしき男女が数人いる。
レオンは露骨に嫌そうな顔をした。
「……アルトか」
青年――アルトは肩をすくめる。
「そんな顔をするな。久しぶりに顔を見ただけだろう?」
「お前の場合、その時点で面倒なんだよ」
リナが小声で聞く。
「知り合い?」
「腐れ縁」
即答だった。
アルトはそのまま視線をカイたちへ向ける。
まずティア。
次にリナ。
最後にカイで止まった。
「……なるほど」
何か納得したように笑う。
「噂の来賓、というわけか」
リナが少し眉を寄せる。
「もうそこまで広まってるの?」
「昨日の試験場は人が多かったからな」
レオンがため息混じりに言った。
アルトは丁寧な口調を崩さない。
だが、どこか観察するような目だった。
「副学院長直々に対応した、と聞いた。随分な待遇だ」
カイは普通に聞き返す。
「そうなの?」
「普通ではありません」
エルミナが静かに答えた。
アルトは少し笑う。
「特に君みたいな年齢ではね」
その言い方に、リナが少しだけ警戒する。
遠回しに値踏みしている感じがあった。
一方カイは。
「ふーん」
あまり興味がなかった。
アルトの笑みが少しだけ止まる。
どうやらこの反応は予想外だったらしい。
「……君は随分落ち着いているんだな」
「静かな場所だから」
カイは古水路を見る。
風と水音。
今のところ快適だ。
レオンが吹き出しかける。
「悪い、こいつ基本それ基準なんだ」
「なるほど?」
アルトは理解したような、してないような顔だった。
その時。
後ろの取り巻きの一人が小声で言った。
「ですが、昨日の話が本当なら……」
「魔法式なしで魔法を使ったとか」
空気が少し変わる。
ティアが不安そうにカイを見る。
レオンは軽く眉を寄せた。
だがアルトは、むしろ興味深そうに目を細める。
「噂は大抵大げさだが」
「でも副学院長案件なんでしょう?」
「……それは否定できんな」
レオンが面倒そうに答える。
アルトは数秒カイを見る。
試すような視線。
貴族特有の“測る目”だった。
だが。
カイは普通に水面を見ていた。
興味がない。
本当にない。
その反応に、アルトの方が逆に少し困惑した。
「……君は、自分が注目されている自覚があるのか?」
「見られてるのは分かる」
「なら、もう少し反応してもいいと思うが」
カイは少し考える。
「疲れるから嫌」
即答だった。
数秒沈黙。
リナが吹き出す。
「ごめん、それはちょっと分かる」
レオンも口元を押さえていた。
アルトは一瞬呆気に取られたあと、小さく笑った。
「……面白いな」
その笑いは、さっきまでより少し自然だった。
だが次の瞬間。
アルトの後ろにいた男子生徒が、ぼそりと呟く。
「ですが、本当に実力があるかは別でしょう」
空気がわずかに止まる。
レオンの目が細くなった。
リナも「あーあ」という顔をする。
そしてカイは。
ようやく少しだけ顔を上げた。




