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第87話 広がる視線と、金章の立ち位置


 古水路沿いの静かな空気が、少しずつざわつき始める。


「あれ副学院長と一緒にいた子じゃ……」


「昨日の試験場の噂、本当だったのか?」


「銀章付き来賓って聞いたぞ」


 通行人や学生らしき魔導師たちが、遠巻きにこちらを見ていた。


 カイは小さく息を吐く。


「……増えた」


「気づくの早いわね」


 リナが苦笑する。


「見られてるの分かるから」


 カイは少しだけ居心地悪そうだった。


 レオンが周囲を見回し、軽く眉を寄せる。


「思ったより早いな……」


「レオン、有名人なんだっけ?」


 リナが聞く。


 レオンは露骨に嫌そうな顔をした。


「別に好きで有名なわけじゃない」


 エルミナが静かに補足する。


「金章持ちは王都内でも目立ちますから」


「そんなに少ないの?」


「学生世代だと数えるほどです」


 ティアが驚く。


「そんなに……!」


 レオンは少し気まずそうに頭を掻いた。


「まあ、功績章みたいな扱いだからな」


「北部の件以外にもあるんですか?」


 ティアが聞く。


 レオンは少し考える。


「去年、研究棟の暴走事故止めたくらいか」


「くらい、で済ませる話じゃないですよ」


 エルミナが即座に言った。


「魔導炉暴走しかけた案件でしょう」


「え?」


 リナが目を丸くする。


「それ普通に大惨事では?」


「まあ、大惨事寸前だった」


 レオンはあっさり認める。


「実験班が制御失敗して、炉心術式が崩壊しかけたんだよ」


 カイが少し聞き返す。


「危なかった?」


「学院一区画吹っ飛ぶくらいには」


 ティアが青ざめた。


「こ、怖すぎます……!」


 レオンは苦笑する。


「俺は結界張って時間稼いだだけ。最終的に教師陣が止めたし」


 だがエルミナは首を横に振る。


「あなたが押さえなければ間に合いませんでした」


 その時。


 近くで見ていた学生たちがざわつく。


「やっぱりレオン様だ……」


「北部防衛線の……」


「実戦金章持ち……」


 リナが小声で呟いた。


「思ったよりガチですごい人じゃない」


「だから言っただろ……」


 レオンは少し疲れた顔だった。


 どうやらこういう扱いには慣れているらしい。


 だが。


 カイだけは反応が少し違った。


「……レオン、ちゃんと頑張ってたんだ」


 真っ直ぐな感想。


 レオンが一瞬止まる。


「……なんだその言い方」


「人守ったんでしょ?」


「まあ、結果的には」


「じゃあすごいと思う」


 カイは普通にそう言った。


 変な持ち上げ方じゃない。


 媚びもない。


 ただ本当にそう思っただけの声だった。


 レオンは数秒黙ったあと、少しだけ視線を逸らす。


「……お前、そういうことサラッと言うよな」


「?」


 カイは分かっていない。


 リナが横で笑う。


「照れてる?」


「違う」


「即答早いわねぇ」


 その時だった。


 周囲のざわめきが少し大きくなる。


 どうやら誰かがこちらへ近づいてきているらしい。


 レオンが嫌そうに振り返った。


「……げ」


 そこには。


 高級そうな制服を着た男女数人が立っていた。


 見るからに“貴族学院生”という雰囲気だ。


 その中心にいた赤髪の青年が、レオンへ笑みを向ける。


「奇遇だな、レオン」


 だが。


 その笑顔は、あまり友好的には見えなかった。

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