第85話 王都の景色と、金章の理由
中央書庫を出たあと。
一行は魔導院中央棟の回廊を歩いていた。
大きな窓の向こうには、王都の街並みが広がっている。
白い石造りの建物。
空中を走る魔導搬送路。
遠くに見える巨大な中央塔。
カイは足を止め、しばらく外を見ていた。
「……広い」
「王都だからな」
レオンが隣へ並ぶ。
「人口も地方都市の何倍もある」
ティアは窓へ張り付きそうな勢いだった。
「空飛んでるの、輸送船ですよね!?」
「ああ。魔導院と王城区画を繋いでるやつ」
リナが呆れたように笑う。
「普通に空飛ぶ船ある世界なのよねここ……」
カイは輸送艇を見上げながら呟く。
「便利そう」
「お前、それ好きだよな」
「便利なの大事」
即答だった。
レオンは少し笑う。
昨日までなら、ここまで自然に話していなかった気がする。
だが今のカイは。
危険な何かというより、“変なやつ”寄りだった。
その時。
カイの視線がレオンの胸元へ向く。
制服に付いた金色の紋章。
「それ、偉い人のやつ?」
レオンが少し視線を落とす。
「あー……金章か」
リナも横から見る。
「そういえば詳しく聞いてなかったわね」
エルミナが静かに補足した。
「王都魔導院の上位認定章です」
「成績優秀とか?」
「それだけでは取れません」
レオンは少し頭を掻く。
「まあ、“功績持ち”向けだな」
「功績?」
ティアが首を傾げる。
レオンは少し面倒そうにしながらも答えた。
「去年、北部防衛線で魔獣災害があったんだよ」
空気が少し変わる。
エルミナも真面目な顔になった。
「……第三次北部魔獣氾濫ですね」
「知ってるの?」
リナが聞く。
「王国内ではかなり大きな事件でしたから」
レオンは窓の外を見ながら続ける。
「本来なら騎士団主体の案件だった。でも魔力嵐まで重なって、魔導師側も人手不足でさ」
そこで軽く肩をすくめた。
「学生でも動けるやつは出された」
ティアが少し不安そうな顔になる。
「危なくなかったんですか……?」
「危なかったぞ」
レオンはあっさり言った。
「普通に死者も出てる」
その言葉に、場が少し静かになる。
だがレオン自身は、重く語る感じではなかった。
「俺は避難班の護衛と結界維持担当だった」
「結界?」
カイが聞く。
「ああ。魔獣を街へ入れないための広域防壁」
エルミナが小さく頷く。
「金章授与理由の一つですね。単独で結界崩壊を防いだ記録があります」
リナが目を丸くする。
「え、普通にすごくない?」
「まあな」
レオンは少しだけ笑った。
でも自慢する感じではない。
「結局、最後はベルク先生が来て全部持ってったけど」
「比較対象がおかしいのよ」
リナが即座に突っ込む。
カイは静かにレオンを見る。
「頑張ったんだ」
「……まあ、やるしかなかったからな」
その返事は少しだけ本音っぽかった。
カイは少し考えてから言う。
「でも、人守れたならいいと思う」
レオンが少し止まる。
予想外だったのか、数秒黙った。
「……お前、時々変に真っ直ぐだよな」
「?」
カイは分かっていない顔だった。
リナが苦笑する。
「多分褒めてるわよ」
その時。
窓の外で、鐘の音が響いた。
王都中央区画の時刻鐘だ。
街全体へ音が広がっていく。
カイはその音を静かに聞いていた。
「……いい音」
ぽつりと呟く。
前の世界では。
窓の外の音は、遠いだけだった。
でも今は。
自分の足で歩いて。
自分の目で見て。
ちゃんとその場所にいる。
それが少しだけ、不思議で嬉しかった。




