第83話 中央書庫と、再会した金髪
中央書庫の中を、カイたちはゆっくり歩いていた。
高い天井。
何層にも並ぶ本棚。
静かに浮かぶ魔導灯。
ページをめくる音だけが微かに響く空間。
ティアは完全に圧倒されていた。
「すごいです……本のお城みたい……!」
リナも周囲を見回しながら呟く。
「これ全部読む人いるの……?」
「研究者は普通に籠もりますよ」
エルミナが苦笑する。
「一ヶ月くらい出てこない人もいます」
「怖っ」
一方。
カイは静かに本棚を見ていた。
魔導書よりも、地理本や各地の記録集を手に取っている。
「カイ様、そういう本好きなんですか?」
ティアが聞く。
「知らない場所あるから」
カイはページをめくりながら答えた。
雪山の写真。
海沿いの街。
巨大森林地帯。
見たことのない景色ばかりだった。
「……広いんだ」
ぽつりと漏れる。
リナが横から覗き込んだ。
「行ってみたい場所とかある?」
カイは少し考える。
「全部」
「欲張りね」
「見たことないから」
その返答は、妙に真っ直ぐだった。
セレスティアは少し離れた位置から、その様子を静かに見ている。
知識を集めるというより。
“世界そのもの”へ興味を向けている目だった。
その時。
書庫入口側から、少し慌ただしい足音が聞こえてきた。
「……ベルク様はいらっしゃいますか?」
若い男の声だった。
静かな書庫では少し目立つ。
エルミナが「あっ」と小さく声を漏らす。
次の瞬間。
金髪の青年が書庫へ姿を見せた。
整った顔立ち。
青い瞳。
胸元には金章。
昨日、中庭で会った青年――レオンだった。
レオンは中へ入りかけて。
ぴたりと止まる。
「……あ」
視線の先。
カイたちがいた。
数秒沈黙。
先に口を開いたのはリナだった。
「また会ったわね」
「なんで普通にいるんだ……?」
レオンは本気で困惑していた。
昨日の試験場の件がまだ頭に残っているらしい。
視線が自然とカイへ向く。
「……いや、まあ、副学院長と一緒にいる時点で普通じゃないのは分かるけど」
セレスティアが静かに口を開く。
「レオン。ここは書庫です」
「失礼しました」
反応が早かった。
リナが小声で呟く。
「副学院長相手だとちゃんとしてるのね」
「当たり前だろ……」
レオンは少しだけ疲れた顔をしたあと、改めてカイを見る。
「……中央書庫、どうだ?」
「静かでいい」
「そこなんだな、やっぱり」
少し苦笑する。
昨日よりは、明らかに警戒が薄れていた。
完全に理解はしていない。
でも、“危険かどうか分からない存在”ではなくなってきている。
その時。
レオンの視線が、カイの持っている本へ向いた。
「地方記録集?」
「うん」
「魔導書じゃなくてそっち読むのか」
「知らない場所あるから」
カイは普通に返した。
「見たことないの見たい」
その返答に。
レオンは少しだけ意外そうな顔をする。
もっと魔法や力に執着しているタイプだと思っていたのだ。
だが実際のカイは。
静かな場所とか、寝心地とか、旅の本とか。
妙なところばかり見ている。
「……変なやつだな」
「よく言われる」
カイは気にしていなかった。
ティアが少し嬉しそうに言う。
「でもカイ様、外歩くの好きですよね」
「うん」
カイは窓の外を見る。
王都の景色。
まだ見たことのない場所。
「自分で歩いて見るの好き」
その言葉は静かだった。
でも少しだけ楽しそうだった。
レオンはその横顔を見て、ふと口を開く。
「……なら、王都も見て回るか?」
カイが視線を向ける。
レオンは少しだけ言葉を選びながら続けた。
「せっかく来たんだろ。学院の中だけじゃなくて、外にも色々ある」
その瞬間。
カイの目が少しだけ動いた。
知らない景色。
見たことのない場所。
その単語に、ちゃんと興味を示したのを。
リナは見逃さなかった。




