第81話 副学院長の観察と、快適性の優先順位
静かになった食堂で。
セレスティアはカイたちのテーブルから少し離れた位置へ立っていた。
座ろうとはしない。
ただ自然体のまま、周囲を観察している。
その姿勢だけで、普通の魔導師ではないことが分かる空気があった。
リナは小声で呟く。
「なんか緊張するんだけど……」
「副学院長ですからね」
エルミナも苦笑する。
ティアは少しそわそわしていた。
一方カイは。
普通に二個目のパンを食べていた。
セレスティアがそれを見て、静かに口を開く。
「……食事中に失礼します」
「うん」
「昨夜は眠れましたか?」
リナが少し目を瞬かせる。
(そこ聞くんだ)
カイは普通に頷いた。
「ちゃんと眠れた」
「そうですか」
セレスティアはそれだけ言って、小さく息を吐いた。
安心したようにも見えた。
エルミナが少し不思議そうな顔になる。
「副学院長、そこ気にされるんですね」
「重要です」
即答だった。
「環境変化による精神負荷は、魔力挙動にも影響します」
リナが微妙な顔をする。
「言い方は研究者っぽいけど、結局“ちゃんと休めた?”って聞いてますよね?」
「結果としてはそうなります」
セレスティアは否定しなかった。
カイはスープを飲みながらぽつりと言う。
「静かだったから平気だった」
「他に気になる点は?」
「廊下の視線が多い」
「対応します」
返答が早い。
リナが思わず笑った。
「副学院長なのに対応が生活相談窓口なんだけど」
「現在の最優先対象ですので」
「そこまで言われると逆に怖いわ!」
ティアだけは少し安心した顔をしていた。
「でも、静かな場所を用意してくださってありがとうございます」
「……彼は環境変化への感覚が鋭すぎます」
セレスティアは静かに言う。
「通常の来賓対応では逆効果になる可能性が高い」
エルミナが小さく頷いた。
「確かに、昨日も人が増えただけでかなり疲れていましたね」
カイは少し考えてから言った。
「疲れるというか、落ち着かない」
「違いあるの?」
リナが聞く。
「……静かじゃないと、ちゃんと休めない」
その言葉に。
一瞬だけセレスティアの視線が止まった。
「…………」
観察する目。
分析する目。
だが同時に、何かを考えるような沈黙でもあった。
カイは気づかずパンを食べている。
やがてセレスティアは静かに口を開いた。
「エルミナ」
「はい」
「宿舎周辺の立ち入りを制限してください」
「学生区画側もですか?」
「必要なら封鎖して構いません」
リナが吹き出しかける。
「いやいや、大事になってない!?」
「既になっています」
真顔だった。
エルミナも否定できない顔をしている。
カイはそんな会話を聞きながら、ぽつりと言った。
「そんなにしなくていいよ」
セレスティアが視線を向ける。
「我慢はできます」
「……ですが?」
カイは少しだけ考えた。
「ちゃんと休める場所が一個あれば平気」
その瞬間。
セレスティアの瞳がわずかに揺れる。
ほんの一瞬だけ。
研究者ではなく、“人”として反応したみたいに。
「……そうですか」
短い返事だった。
だがその声は、少しだけ柔らかかった。
そして次の瞬間には、いつもの副学院長へ戻っている。
「本日は学院内部の案内を予定しています」
「案内?」
「ええ。研究区画、中央書庫、訓練場などを」
リナが嫌な予感を浮かべる。
「……絶対また騒ぎになるやつじゃない?」
エルミナが遠い目をした。
「正直、私もそう思っています……」
ティアだけは少し楽しそうだった。
「書庫、見てみたいです!」
カイは少しだけ考えてから言う。
「静かな場所なら行く」
セレスティアは頷く。
「中央書庫は、学院内でも特に静かな場所です」
「じゃあ行く」
即決だった。
リナが呆れる。
「ほんと判断基準が全部そこなのね……」
だが。
セレスティアは内心で別のことを考えていた。
(静寂、安定、安心できる環境……)
この少年は。
力を求めていない。
名誉にも興味が薄い。
ただ、“ちゃんと休める場所”を探しているように見える。
それが逆に、彼女には少しだけ不可解だった。




