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第80話 朝食会場と、静かに広がる噂


 王都魔導院の来賓区画は、朝でも妙に静かだった。


 学生区画のような騒がしさがない。


 廊下を歩く魔導師たちも、どこか落ち着いている。


 だが。


 カイたちへ向く視線だけは別だった。


「……めっちゃ見られてるんだけど」


 リナが小声で呟く。


「昨日の件、もう広まってるんでしょうね……」


 エルミナが少し申し訳なさそうに言う。


 実際、すれ違う魔導師たちはちらちらとこちらを見ていた。


「本当にあの子なのか?」


「副学院長が直接……」


「銀章付きの特別対応って聞いたぞ」


「分類不能って噂は本当か……?」


 小さな声。


 だが、カイの耳には普通に届いていた。


「……疲れる」


 ぽつり。


 リナが横を見る。


 カイは少しだけ眉を寄せていた。


 不機嫌というより、“情報量が多くて疲れてる”顔だった。


「大丈夫?」


「うるさいわけじゃないけど、落ち着かない」


「カイ様、人多いの苦手ですもんね……」


 ティアが心配そうに言う。


 エルミナは少し考えてから歩く速度を早めた。


「朝食は個室ですから、もう少しです」


 やがて、一行は来賓専用食堂へ辿り着く。


 普通の学生食堂とは別棟らしい。


 扉の前には護衛魔導師まで立っていた。


「……本当に貴族用なんだ」


 リナが引き気味に言う。


 エルミナが苦笑した。


「元々は王族来訪時の区画ですので」


 中へ入る。


 すると。


 そこは静かな高級レストランみたいな空間だった。


 白いテーブルクロス。


 大きな窓。


 朝日が差し込む落ち着いた室内。


 そして何より――静かだった。


 カイが少しだけ目を細める。


「……いい」


「そこは変わらないのね」


 リナが笑う。


 席へ座ると、すぐに料理が運ばれてきた。


 焼きたてのパン。


 温かいスープ。


 卵料理。


 果物。


 ティアが感動したように声を漏らす。


「すごいです……!」


「学院の料理人、王城経験者も多いですから」


 エルミナが説明する。


 一方。


 カイはスープを一口飲んで止まった。


 数秒沈黙。


 リナが少し身構える。


「……ど、どうしたの?」


「おいしい」


 短かった。


 だが本気だった。


 ティアが嬉しそうに笑う。


「よかったです!」


 カイは静かにパンを食べ始める。


 その姿を見ながら、エルミナが少し不思議そうに呟いた。


「カイ君って、“快適”に対する感覚が凄く敏感ですよね」


「まあね」


 リナが苦笑する。


「空気、音、温度、寝具、食事。全部ちゃんと見てるのよ、この人」


「見てるというか、気になる」


 カイは普通に返した。


「嫌なの多いと疲れるから」


 エルミナは少しだけ考え込む。


 その言い方。


 まるで、“ずっとそういう環境にいた”みたいだった。


 だが踏み込む前に。


 不意に、外が少し騒がしくなった。


「え?」


 リナが窓の外を見る。


 廊下側に、何人もの学生魔導師が集まっていた。


 どうやらこちらを見に来ているらしい。


 エルミナが頭を抱える。


「もう来たんですか……」


「人気者じゃん」


 リナが半笑いで言う。


「嬉しくない」


 カイは即答だった。


 その時。


 廊下の奥から、聞き覚えのある声が響く。


「お前たち、何をしている」


 空気が変わった。


 学生たちが一斉に姿勢を正す。


 現れたのは――セレスティアだった。


 黒髪を揺らしながら、静かな足取りで歩いてくる。


 だがその目だけで、周囲の空気が張り詰めていた。


「見世物ではありません。散りなさい」


 静かな声。


 だが逆らえる空気ではない。


 学生たちは慌てて解散していく。


 その様子を見て、リナが小さく呟いた。


「……やっぱ怖いわ、この人」


 セレスティアはそのまま部屋へ入り、カイを見る。


「朝から騒がしくしてしまい、申し訳ありません」


「静かになったから大丈夫」


 カイはそう返した。


 セレスティアはほんの少しだけ目を細める。


「……そうですか」


 そして。


 彼女の視線が、テーブルの料理へ向いた。


「食事は問題ありませんか?」


「おいしい」


「それは何よりです」


 副学院長は淡々としていた。


 だが。


 エルミナは気づく。


 この人、かなり気を遣っている、と。

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