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第78話 高級宿舎と、快適性の微調整


 来賓用特等宿舎。


 その一室は、王族が滞在しても問題ないよう整えられていた。


 広い室内。


 柔らかな照明。


 外の音を遮断する防音術式。


 空気循環まで制御された、王都魔導院自慢の最高級客室。


 ――のはずだった。


「…………」


 カイはベッドに座ったまま動かない。


 静かに目を閉じている。


 リナが少し不安そうに言った。


「え、寝た?」


「まだ起きてる」


 即答だった。


「紛らわしいのよ」


 ティアは窓際から景色を見ている。


「すごいですね……! 中庭が全部見えます!」


 王都魔導院の中央庭園。


 噴水。


 魔導灯。


 訓練場。


 高い位置にあるこの宿舎からは、学院の大半を見渡せた。


 エルミナは部屋を確認しながら説明する。


「こちらの部屋は環境維持術式も最新式ですので、温度や湿度も一定に保たれています」


「うん」


 カイは短く返した。


 だが。


 数秒後。


「……少し乾いてる」


「またですか!?」


 エルミナが反射的に振り返る。


 リナが額を押さえる。


「もう始まった……」


「喉渇く感じする」


 カイは真面目だった。


 ベルクが近くのソファへ座りながら笑う。


「この小僧、ほんにそこだけ異様に敏感じゃの」


「快適じゃないと落ち着かない」


 カイはベッドを軽く押しながら言う。


「あと、ちょっと音響く」


「音?」


 ティアがきょとんとする。


 カイは天井を見る。


「壁が硬いから反射してる」


 エルミナが絶句した。


 そこまで考えて設計された部屋ではない。


 そもそも普通の人間はそこを気にしない。


「……十分最高級なんですが」


「うん。かなりいい」


 カイは素直に頷いた。


「でも、もう少しだけ調整したい」


 その瞬間。


 部屋の空気がふっと変わる。


「……っ!?」


 エルミナが息を呑む。


 風はない。


 魔法陣も浮かばない。


 だが、空間そのものが静かに変化していく。


 硬かった空気が柔らかくなる。


 音の反響が減る。


 呼吸が深くなる。


 まるで“部屋全体が休息に最適化された”ような感覚。


 リナが目を丸くした。


「……なにこれ」


「落ち着く……」


 ティアがぽつりと呟く。


 フォルですら「キュル……♪」と気持ち良さそうに丸くなっていた。


 エルミナは慌てて魔力計を確認する。


「反応なし……またゼロ……」


 ベルクが呆れ半分に笑う。


「宿舎まで改造しおったか」


「壊してない」


 カイは真顔だった。


「快適にしただけ」


「そこが怖いんじゃよ……」


 リナが疲れた声を出す。


 だが実際。


 部屋は異様なほど居心地が良かった。


 静かで、落ち着いていて、眠気すら誘われる。


 ティアがソファへ座った瞬間、小さく声を漏らす。


「……あ、なんかすごい安心します」


「分かる」


 リナまで同意してしまった。


 エルミナが信じられないものを見る顔になる。


「精神安定効果まで出てるんですけど……?」


「余計な刺激減らしただけ」


 カイは当然のように言った。


 ベルクが小さく笑う。


「もはや“魔法”というより生活改善じゃな」


「そっちの方が大事」


 カイは即答する。


 そして。


 ぽす、と再びベッドへ倒れ込んだ。


「……いい」


 その声だけ、少し幼かった。


 柔らかい感触。


 静かな空気。


 喉が苦しくならない温度。


 余計な音のない空間。


 全部が、“ちゃんと休める”側に揃っている。


 カイは静かに目を閉じた。


 前の世界では、眠ることは“回復”ではなかった。


 目を閉じても身体は痛み、息苦しさは消えず、朝になればまた同じ音と匂いに囲まれる。


 だからなのかもしれない。


 無意識に、


 空気。


 温度。


 静けさ。


 柔らかさ。


 そういうものばかり気にしてしまうのは。


「……ここ、ちゃんと眠れそう」


 ぽつりと漏れたその言葉は、独り言みたいに静かだった。


 だがその瞬間だけ。


 カイの表情は、年相応の少年みたいに穏やかだった。

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