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第77話 特等宿舎と、異様に落ち着く部屋


 王都魔導院の中央区画を抜け、一行は静かな回廊を進んでいた。


 白い壁。


 磨かれた床。


 一定間隔で灯る淡い魔導灯。


 学生区画とは違い、人の気配も少ない。


「来賓用宿舎は、この先になります」


 エルミナが先を歩きながら説明する。


「王族や高位魔導士が滞在する区画なので、一般生徒は基本的に立ち入りできません」


「へぇ」


 カイは短く返しながら周囲を見ていた。


 リナが横目で見る。


「珍しくちゃんと聞いてるわね」


「静かだから」


「あ、そこなのね」


 ベルクが後ろで鼻を鳴らす。


「こやつの場合、“快適かどうか”が最優先じゃからな」


「だって落ち着くし」


 カイは真面目に答えた。


 ティアは少し楽しそうだった。


「でも、本当に綺麗ですよね」


「王都魔導院の維持管理は、国内でも最高水準ですから」


 エルミナは少し誇らしげに言う。


 その時だった。


 カイがふと足を止める。


「……ん」


「どうしました?」


 エルミナが振り返る。


 カイは廊下の角を見ていた。


「空気、ここだけ違う」


「え?」


 エルミナが目を瞬かせる。


 リナも周囲を見回した。


「いや、普通だけど?」


「少し流れがぶつかってる」


 カイは静かに言う。


 そのまま壁際へ近づき、しばらくじっと見つめた。


 そして。


 軽く壁を指で叩く。


 コン。


 次の瞬間。


 壁面に薄い光が走った。


「っ!?」


 エルミナが息を呑む。


 隠蔽術式。


 それもかなり高度な部類だ。


 淡く浮かび上がった魔法式は数秒だけ明滅し、そのまま静かに消える。


 ベルクが片眉を上げた。


「……見抜いたか」


「隠れてたから気になった」


 カイは平然としている。


 エルミナが慌てて説明する。


「こ、これは防犯用の監視術式です! 来賓区画なので侵入対策が施されていて――」


「ちょっと空気ぶつかってた」


 カイはそれだけ言った。


 セキュリティ術式を、“空気の違和感”だけで感知した。


 リナが疲れた顔をする。


「もう驚かない方がいいのかな、これ……」


「慣れるしかないの」


 ベルクが妙に達観した顔で言う。


 ティアだけは感心したように目を輝かせていた。


「カイ様、すごいです!」


「見えてたから」


「それが普通じゃないのよ……」


 リナが小さく呟く。


 やがて、一行は宿舎の最奥へ辿り着いた。


 重厚な扉。


 周囲より一段静かな空気。


 エルミナが鍵代わりの魔導板へ手を触れると、カチリと音がした。


「こちらです」


 扉が開く。


 中に入った瞬間。


 カイが止まった。


 数秒。


 本当に珍しく、何も言わない。


 リナが少し不安そうに聞く。


「……え、何? ダメだった?」


 カイはゆっくり部屋を見回した。


 大きな窓。


 厚手の絨毯。


 白を基調にした落ち着いた内装。


 そして奥には、見るからに高級そうな大きなベッド。


「……静か」


 ぽつりと呟く。


 その声は、今までより少しだけ柔らかかった。


 ティアが嬉しそうに笑う。


「気に入りました?」


「うん」


 短い返事。


 だが、それだけで十分だった。


 ベルクが苦笑する。


「お前、ほんにベッド好きじゃのう」


「大事だから」


 カイは真面目だった。


 そのままゆっくりベッドへ近づく。


 手で軽く触れる。


 沈み込みを確かめるように押す。


 そして。


 ぽす、と腰を下ろした。


「……いい」


 その瞬間だけ。


 カイの表情から、ほんの少しだけ力が抜けた。


 エルミナはその変化を見て、小さく目を瞬かせる。


(今……)


 初めてだった。


 この少年が、はっきり“安心した顔”を見せたのは。


 カイはそのまま天井を見上げながら、小さく呟く。


「ここ、ちゃんと眠れそう」


 その言葉だけが、静かな部屋に残った。

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