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第74話 白金の紋章と、副学院長の視線


 純白のローブを纏った女性が現れた瞬間。


 廊下の空気が、目に見えて変わった。


 歩いていた魔導士たちが自然と端へ寄る。


 小さく談笑していた声も消え、道が静かに開かれていく。


「副学院長……」


「お疲れ様です」


 次々と頭が下がった。


 ティアは思わず小さく身を縮める。


「……なんだか、すごい人です」


「絶対すごい人ね」


 リナも小声で返した。


 女性は二十代後半ほどに見えた。


 腰まで流れる艶やかな黒髪。


 すっと通った鼻筋に、無駄のない整った輪郭。


 冷たさよりも“完成された美しさ”を感じさせる顔立ちだった。


 そして胸元には、銀でも金でもない“白金”の紋章。


 複雑な術式紋様が幾重にも重なり、光を受けて淡く輝いている。


 ただ立っているだけで、周囲の空気が整うような存在感だった。


 女性はベルクへ軽く一礼する。


「ベルク様」


「うむ」


「報告は受けています」


 静かな声。


 だが、その一言だけで周囲の空気がさらに引き締まる。


「中庭で、高位魔法反応が発生したと」


 ベルクが露骨に面倒そうな顔をした。


「まあ……うむ」


 その反応だけで、何か察したらしい。


 女性の視線がゆっくりカイへ向く。


「……この子ですか?」


「そうじゃ」


「本当に?」


「わしも同じ顔したから安心せい」


 ベルクが疲れた声で言った。


 リナは少しだけ安心した。


 やはり、“理解できない”という反応が普通らしい。


 その横で、ティアがエルミナへ小声で尋ねる。


「……あの白い紋章って、何なんですか?」


「ああ、説明してませんでしたね」


 エルミナが頷いた。


「銀章は正式な魔導士資格を持つ研究員や教師です。魔導院で一番多い階級ですね」


 廊下を見れば、確かに銀章が多い。


「金章は、その中でも特に優秀な魔導士です。高度研究、実戦任務、国家案件……そういうものを担当します」


「じゃあ、さっきの金髪の人はかなり凄かったのね」


「はい。レオル先輩は若手最上位クラスです」


 リナが「へぇ……」と感心した声を漏らす。


 ティアは不思議そうに首を傾げた。


「でも、ベルク様は銀色でしたよね?」


 その問いに、エルミナが少し困ったように笑う。


「……ベルク様は、少し特殊なんです」


「特殊?」


「現役時代は、白金章候補の筆頭でした」


 リナが固まる。


「え?」


「ですが本人が役職を嫌がって、研究顧問の立場へ移られたんです」


「面倒じゃったからな」


 ベルクが即答した。


 エルミナは苦笑しながら続ける。


「結果として、現在は“銀章のまま白金級として扱われる人”になっています」


「分かりにくい!」


 リナが即ツッコミを入れた。


 ティアもこくこく頷いている。


 女性――副学院長はそのやり取りを静かに聞いていたが、特に否定はしなかった。


 むしろ、それが事実だと言わんばかりの沈黙だった。


 その時だった。


「……静かでいいね」


 カイがぽつりと言った。


 全員の視線が止まる。


 カイは廊下の天井を見上げている。


「外の音ほとんど入ってこない。空気も安定してる」


「そこ見るの!?」


 リナが思わず声を上げる。


 だが副学院長はわずかに目を細めた。


「……気づくんですね」


「?」


「この廊下には遮音術式が組み込まれています。集中を乱さないための設計です」


「へぇ」


 カイは素直に感心した。


「落ち着くから好き」


 その返答に、副学院長は一瞬だけ沈黙する。


 普通なら“魔導技術の精密さ”や“歴史ある施設”に反応するはずだ。


 だがこの少年は違う。


 ただ、“快適かどうか”だけを見ている。


 その視点が、妙に異質だった。


「……あなた」


 副学院長が静かに口を開く。


「中庭の現象。あれは何の魔法ですか?」


「煙片付けただけだけど」


「そうではなく」


「?」


 本気で分かっていない顔だった。


 副学院長はゆっくりとカイを見る。


「煙を圧縮し、熱と臭気を分離し、周囲へ影響を出さず固定化していましたね」


「うん」


「どうやったんです?」


「汚れてたから、まとめた」


 沈黙。


 ベルクが遠い目をする。


「わしも最初そう説明された」


 副学院長は数秒黙り込み、静かに息を吐いた。


「……ベルク様が“説明不能”と言った理由が、少し分かりました」


 その紫の瞳は、先ほどより明らかに真剣だった。

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