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第67話 王都の夜景と、静かな本音


 夕食を終え、水鏡亭の二階へ上がる頃には、王都はすっかり夜の色に染まっていた。


 窓の外では、無数の魔導灯が星みたいに街を照らしている。


 運河に反射した光が揺れて、幻想的だった。


「わぁ……」


 ティアが窓辺で小さく声を漏らす。


「綺麗ですね……」


 銀色の髪が夜景の光を受け、淡く輝いていた。


 その隣では、フォルが窓枠の上で「キュル〜……」とのんびり鳴いている。


「フォルも感動してるのかしら」


「たぶん光がいっぱいで楽しいだけ」


 リナが笑った。


 一方で、カイは部屋へ入るなり窓を開ける。


 夜風が静かに流れ込んできた。


「……うん」


「何が“うん”なのよ」


「空気の流れがいい」


 やっぱりそこだった。


 カイは壁際や天井まで軽く視線を走らせる。


 その様子を見ていたエルミナが、おそるおそる口を開いた。


「あの……毎回そんな風に確認するんですか?」


「快適な環境は重要だから」


「そこまで徹底する人、初めて見ました……」


「宿は睡眠の質に直結する」


 真顔だった。


 ベルクが椅子へ腰掛けながらため息を吐く。


「小僧、お前は王都へ何をしに来たんだ」


「珍しい景色見に」


「魔導院では?」


「ついで」


「ついで扱いするな」


 リナが吹き出す。


 エルミナは少し困ったように笑った。


「でも、安心しました」


「?」


「もっと怖い人なのかと思ってたので」


 彼女は窓の外を見ながら続ける。


「ベルク様から聞いた話、どれも規格外すぎて……」


「実際規格外よ」


 リナが即答した。


「街道掃除するし」


「ダンジョン浄化するし」


 ティアも頷く。


「王都の空気まで評価してるし」


「……なんでみんな、そこを変なことみたいに言うの」


 カイは少し不満そうだった。


「普通、空気って気にするでしょ」


「普通はそこまで細かく見ないのよ」


 その時。


 ふわり、とフォルがエルミナの膝へ飛び移った。


「わっ」


「キュル」


 当然みたいに丸くなる。


 完全に懐いていた。


「ふ、フォルちゃん……」


 エルミナの顔が一瞬で緩む。


「……温かい……」


「フォル、人を駄目にする才能あるわね」


 リナが苦笑した。


 カイはその様子を見ながら、窓際へ移動する。


 王都の夜景をぼんやり眺めた。


 しばらくして。


 ぽつり、と呟く。


「……でも、来てよかったかも」


 小さな声だった。


 リナが少し目を丸くする。


「へぇ。珍しく素直ね」


「景色綺麗だし」


「そっち?」


「あと食べ物美味しい」


「やっぱりそっちだった」


 ティアがくすくす笑う。


 カイは夜景を見たまま続けた。


「アルトとは全然違う。人も多いし、建物も珍しい」


 その声音は淡々としているのに、少しだけ楽しそうだった。


 エルミナはそんな横顔を見つめながら、小さく呟く。


「カイさんって……なんだか子供みたいですね」


「失礼だな」


「だって、珍しい景色とか、美味しいものとか、そういうので素直に喜ぶので」


 そこで少しだけ、カイの目が遠くを見るように細められた。


「……前は、あんまり外に出られなかったから」


 部屋が静かになる。


 エルミナが瞬きをした。


「外に……?」


「うん。ずっと部屋にいたし」


「研究とかですか?」


「いや」


 カイは首を横に振る。


「身体弱かったから。ほとんどベッドの上」


 リナとティアが静かにカイを見る。


 けれどカイ自身は、重く語るつもりはないらしかった。


「だから景色とか、実際に歩いて見るの好きなんだよね」


 さらりと言う。


 エルミナは驚いた顔をした。


「そんな風には全然見えません……」


「今は元気だから」


「でも、ずっとベッドの上って……大変じゃなかったんですか?」


「暇だった」


 即答だった。


「めちゃくちゃ暇。天井見るの飽きるし」


「そ、そこなんですか……」


「あと病院の空気って乾燥してる」


「病院?」


「……そういう場所」


 少しだけ言葉を濁す。


 エルミナは気を遣ったのか、それ以上は聞かなかった。


 代わりに、小さく笑う。


「だから快適さにこだわるんですね」


「快適なの大事」


 カイは真面目に頷く。


「ベッド硬いと寝れないし、ご飯まずいとテンション下がるし、空気悪いと頭痛くなるから」


「生きる上での優先順位が徹底してるわね……」


 リナが呆れ半分で言った。


 するとカイは少し考えてから、ぽつりと続ける。


「……でも、一番嫌だったのは」


「?」


「歩けなかったことかな」


 その言葉だけ、少し静かだった。


 夜風がカーテンを揺らす。


「だから今は、自分の足で歩けるだけで結構楽しい」


 王都の灯りが、灰色の瞳に映っていた。


 ティアはそっと微笑む。


「カイ様、今日もいっぱい歩きましたもんね」


「うん。楽しかった」


「子供の感想みたいね」


「楽しいものは楽しいから」


 カイは平然としていた。


 エルミナはそんな彼を見ながら、少しだけ表情を柔らかくする。


「……なんだか、安心しました」


「何が?」


「すごい魔法を使う人なのに、ちゃんと“普通に楽しい”って思える人なんだなって」


 カイは少しだけ首を傾げたあと、


「楽しまないと損だから」


 と、いつもの調子で答えた。


「そこはブレないのね」


「損するの嫌い」


「キュルッ♪」


 フォルまで賛成するみたいに鳴く。


 その声に、部屋の空気が柔らかく緩んだ。


 窓の外では、王都の夜景が静かに輝き続けていた。

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