第54話 出発準備と、朝の大騒動
翌朝。
アルトの街は、昨日と変わらず賑やかだった。
窓の外からは荷車の音と商人たちの声が聞こえてくる。
焼きたてのパンの匂いまで漂ってきて、朝から妙にお腹が空く。
宿の一室では、リナが腕を組んでいた。
「……で?」
じとーっとした目が、部屋の中央へ向けられる。
そこには、大量の荷物が積み上がっていた。
果物。
お菓子。
光る瓶。
謎の置物。
変な柄のクッション。
どう見ても旅に必要ない物ばかりだ。
「カイ。これ全部なに」
「アルトのお土産」
「まだ出発すらしてないのよ!?」
即ツッコミが飛ぶ。
カイは真顔だった。
「だって限定って書いてたし」
「だからって壺三つも買う!?」
「模様綺麗だったから」
「キュルッ♪」
フォルが壺の周りを楽しそうに飛び回る。
完全に面白がっていた。
ティアは困ったように笑いながら、小さな布袋を抱えている。
中には昨日買ったお菓子が入っていた。
「で、でも……この飴、美味しかったですし……」
「ティアまで!?」
リナが頭を抱える。
旅支度というより、完全に観光帰りだった。
すると。
コンコン、と扉が叩かれる。
「起きているか」
ベルクの声だった。
リナが扉を開ける。
深い青のローブを纏った老人は、部屋に入った瞬間、無言になった。
視線の先には、荷物の山。
「……お前たちは引っ越しでもするのか?」
「違うよ。旅」
「旅で壺はいらんだろう」
正論だった。
カイは少し考える。
「……確かに重いかも」
「今さら!?」
リナが叫ぶ。
ベルクは深いため息を吐き、椅子へ腰掛けた。
「王都までは街道を歩いて七日ほどだ」
「七日」
「途中で宿場町や湖畔の町も通る」
「湖?」
カイが少し反応する。
「王都街道沿いに、“鏡湖”と呼ばれている場所がある。風が止むと空がそのまま映るんだ」
「へぇ」
「夜は星まで映るぞ」
カイの目が少しだけ上がった。
ベルクは続ける。
「春のこの時期は、水辺に青白い発光虫も出る」
「見たい」
即答だった。
リナが笑う。
「ほんと景色には弱いわね、あんた」
「歩くなら景色大事だし」
カイは当然みたいに言った。
「馬車だと寝てる間に終わっちゃうから嫌なんだよね」
「……乗らんのか?」
ベルクが少し意外そうに聞く。
「自分の足で歩きたい」
カイは窓の外を見ながら答えた。
「街の匂いとか、空気の変わり方とか、歩かないと分かんないし」
朝風がふわりと部屋へ吹き込む。
パンの香りと、人の気配。
アルトの街の“空気”だった。
「疲れたらその辺で休めばいいし」
「お前の場合、“その辺”が高級宿並みに快適になるから基準がおかしいんだよ」
ベルクが呆れた声を出す。
するとカイが少し考える。
「……それに、旅って移動中も楽しいから」
その言葉に、リナとティアが少しだけ目を見開いた。
カイは本気でそう思っているのだ。
目的地へ着くことより。
途中で見える景色や、寄り道や、食べ歩き。
そっちの方が大事だったりする。
フォルまで「キュルッ♪」と嬉しそうに鳴いた。
「あと王都へ着いたら、まず魔導院へ来てもらう」
ベルクが真面目な声になる。
「お前の魔法について調べたい」
「んー」
カイは少し考える。
嫌そうというより、面倒そうだった。
「長い?」
「内容による」
「難しい話多い?」
「まあ多少は」
カイの顔が露骨に曇った。
「それはちょっと嫌かも」
「子供かお前は」
「難しい話って空気重くなるし」
「そこなの!?」
リナが吹き出す。
ティアまでくすっと笑った。
ベルクはとうとう額を押さえた。
「……本当にお前は」
呆れたように息を吐きながら、それでもどこか楽しそうだった。
窓の外では、アルトの街が今日も賑わっている。
次に向かうのは王都。
知らない景色。
新しい街。
見たことのない食べ物。
その全部を思い浮かべながら、カイは少しだけ楽しそうに笑った。
「よし。じゃあ準備したら出発しよう」
「まずその荷物減らしなさい」
「壺はいるよ?」
「いらないのよ」
リナのツッコミが、朝の部屋に響き渡った。




