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第53話 王都への誘い


夜もすっかり深くなっていた。


酔っぱらいの笑い声。


楽団の演奏。


暖かなランタンの灯り。


心地いい夜だった。


「……食べたぁ」


リナがテーブルに突っ伏す。


空になった皿が山みたいに積み上がっていた。


ティアも両手でカップを持ちながら、ほぅ……と幸せそうに息を吐いている。


「お腹いっぱいです……」


「キュル〜……」


フォルまで満腹らしく、テーブルの上でぺたんと伸びていた。


その中で一人。


ベルクだけが真面目な顔をしていた。


じっとカイを見ている。


カイは焼き菓子をもぐもぐ食べながら首を傾げた。


「ベルク?」


「……確認したいことがある」


声の調子が変わった。


さっきまでの軽口ではない。


王都魔導院の大魔導師としての声音だった。


リナも姿勢を正す。


周囲の空気が少しだけ引き締まった。


「お前、王都へ来る気はあるか?」


ティアがぱちぱち瞬きをする。


リナも思わずベルクを見た。


王都。


この国の中心都市。


そして王都魔導院は、全魔法使いの憧れみたいな場所だ。


そんな場所へ、“蒼の大賢者”直々の誘い。


普通なら断る理由なんてない。


けれど。


「なんで?」


カイは本気で不思議そうだった。


ベルクのこめかみに血管が浮く。


「お前、自分の魔法がどれほど異常か理解していないだろう」


「便利だよ?」


「そういう話じゃない!!」


また叫んだ。


近くの客がビクッとする。


ベルクは咳払いして声量を戻した。


「……王都魔導院には、古代魔法や失われた術式の資料が大量にある。お前の魔法について調べられるかもしれん」


「ふーん」


反応が薄い。


ベルクは続ける。


「それに、王都には優秀な魔導師も多い。お前の力を正しく理解できる人間もいるだろう」


「へぇ」


まだ薄い。


リナが横から小声で囁く。


「普通もっと感動する場面なのよこれ」


「そうなの?」


「そうなの」


ベルクは疲れたように額を押さえた。


だが、次の瞬間。


カイの目が少しだけ真面目になる。


「王都って、景色綺麗?」


カイの第一声はそれだった。


ベルクが一瞬黙る。


「……は?」


「旅だから。景色とか空気とか大事だし」


カイは真面目な顔だった。


「あと、珍しいものある?」


リナが吹き出しそうになる。


でもベルクは、少し考えてからゆっくり口を開いた。


「……あるな」


その声色は、さっきまでと少し違っていた。


大魔導師ではなく、“旅人に王都を語る老人”みたいな声だった。


「王都の中央には、“空中庭園”がある」


「空中?」


ティアが目を丸くする。


「巨大な魔導石で浮かせた庭園だ。地上から何百段もの白階段が続いていてな、夜になると空に花畑が浮かんでいるように見える」


カイの視線が少し上がった。


「夜風が気持ちいいぞ。上から見る王都の灯りも綺麗だ」


「へぇ……」


反応がちょっと変わる。


ベルクは続けた。


「それと、“星見の塔”」


「星見?」


「王都で一番高い塔だ。最上階の天井が全部ガラスになっていてな、夜空がそのまま見える」


夜風が吹く。


ランタンの光が揺れた。


「魔導具で空気を澄ませているから、普通じゃ見えない星まで見えるんだ」


カイが静かに聞いていた。


「流星群の時期は、空が光の川みたいになる」


「……それはちょっと見たいかも」


リナがにやっとする。


“かなり興味を持ってる声”だった。


ベルクはさらに畳み掛けた。


「あと、王都には“夜光市場”がある」


「夜光市場?」


「夜にしか開かない市場だ。深海魚の料理、七色に光る果実、雪みたいに溶ける菓子……地方じゃ絶対に見ないものばかりだぞ」


「雪みたいに溶けるお菓子?」


「口に入れた瞬間なくなる」


その瞬間。


カイの目がちょっと輝いた。


「あ、それ気になる」


「食いついたわねぇ」


リナが笑う。


ティアもくすっと吹き出した。


ベルクは少し得意げに続ける。


「王都の料理人は頭がおかしいからな。味だけじゃなく、“驚き”まで料理に入れようとする」


「面白そう」


「あと春限定で、花びらを浮かべた透明な飲み物もある」


「透明なのに味するの?」


「する」


「不思議だね」


カイは素直に感心していた。


旅。


知らない景色。


見たことのない食べ物。


その土地だけの空気。


カイにとって大事なのは、そういうものだった。


ベルクは静かにその様子を見つめる。


この少年は、力に興味がない。


でも、“世界そのもの”には興味がある。


だから旅をしている。


「……それに、お前なら王都の空気も快適に変えられるんじゃないか?」


「確かに」


「認めるな」


リナが即ツッコミを入れた。


ティアがくすくす笑う。


フォルまで「キュルッ♪」と鳴いた。


夜の屋台通りに、穏やかな笑い声が混ざる。


ベルクは呆れたように肩をすくめ、それでもどこか楽しそうに笑った。


「……どうだ?」


カイは少しだけ考え、それから夜空を見上げた。


アルトの灯りの向こう。


まだ見ぬ王都を想像するみたいに。


「……行ってみようかな」


ぽつりと零れたその言葉に。


リナが笑う。


ティアも嬉しそうに顔を輝かせる。


フォルは元気よく尻尾を振っていた。


そしてベルクは、静かに目を細める。


——こうして。


規格外の生活魔法使い一行の次なる目的地は、“王都”に決まったのだった。

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