第51話 大賢者と、夜の屋台通り
アルトの夜は、昼間とはまた違う賑やかさを見せていた。
通りの両側には屋台の灯りがずらりと並び、赤や橙の光が石畳を温かく照らしている。
肉を焼く煙。
香辛料の匂い。
甘い果物酒の香り。
人々の笑い声。
歩いているだけでお腹が空くような通りだった。
「うわぁ……夜なのにすごい人ですね……」
ティアが目を輝かせながら周囲を見回す。
銀髪が灯りを反射してきらきら揺れた。
「アルトは夜市が有名なのよ。観光都市みたいなものだから」
リナがそう説明しながら歩く。
その隣では、フォルがティアの頭の上に移動し、「キュルル♪」と楽しそうに尻尾を振っていた。
カイはというと。
「……どこも美味しそうで迷う」
真剣な顔で屋台を見比べていた。
ベルクはその後ろを歩きながら、深いため息を吐く。
周囲の視線が痛い。
当然だ。
王都魔導院の大賢者が、屋台通りを歩いているのだから。
しかも。
「ベルク、あの串焼きとスープ、どっちがおすすめ?」
「私は案内役ではないんだが……」
完全に食べ歩き仲間みたいな扱いをされていた。
「でも詳しそう」
「……長く生きているからな」
「じゃあ美味しい店知ってるよね」
「理屈は分かるが納得したくない」
リナが吹き出す。
ティアも小さく笑った。
そんな中、一軒の屋台の前でカイが立ち止まる。
鉄板の上で、大量の肉と野菜がジュウジュウ音を立てていた。
「これ」
「塩焼き肉串だな。この辺りでは有名だ」
ベルクが答える。
するとカイは即座に頷いた。
「ここにしよう」
決断が早かった。
数分後。
近くの簡易テーブルには、大量の料理が並んでいた。
肉串。
焼き野菜。
ふわふわ卵のスープ。
薄焼きパン。
果実ジュース。
ティアは目を丸くしている。
「す、すごい量です……」
「育ち盛りだからね」
カイは真面目な顔で肉串を頬張った。
フォルも隣で肉を小さくちぎってもらい、「キュルッ!」と幸せそうに鳴いている。
ベルクは向かいに座りながら、その光景をじっと見ていた。
森を浄化した少年。
地下迷宮を生活魔法で制圧した異常存在。
なのに今やっていることは、普通の旅人みたいな夕食だった。
「……お前、本当に何なんだ」
ぽつりとベルクが呟く。
カイはスープを飲みながら首を傾げた。
「旅人?」
「そういう話ではない」
即答だった。
リナが苦笑する。
「私も最近はもう考えるのやめたわ。カイってそういう生き物だって理解したほうが楽」
「分類が雑すぎないか……?」
ベルクが頭を抱える。
その時だった。
「おお!? 兄ちゃんたち、昼間ギルドで騒ぎになってた奴らだろ!?」
屋台の店主が声を上げた。
周囲の客たちも一斉にこちらを見る。
「あっ、“地下迷宮を浄化した魔法使い”!」
「白銀の剣を一人で潰したって本当か!?」
「ドラゴンいるぞドラゴン!!」
フォルが「キュル?」と顔を上げる。
一気に人だかりができ始めた。
ベルクのこめかみに血管が浮く。
「ほら見ろ。全然静かに観光できていない」
「でもまだ何もしてないよ?」
「存在しているだけで騒ぎになってるんだ!!」
ベルクが叫ぶ。
すると周囲の客たちがざわついた。
「お、おい……あの人、蒼の大賢者ベルクだぞ……」
「えっ、マジか!?」
「大賢者がツッコミ役やってる……」
「レアすぎるだろ……」
ベルクは遠い目になった。
「……帰りたい」
「まだご飯残ってるよ」
「そういう問題ではないんだが……」
その時、ティアが小さくベルクへ皿を差し出した。
「あ、あの……これ、美味しいので……」
焼き野菜だった。
ベルクは一瞬きょとんとして、それから少しだけ表情を緩める。
「……そうか」
受け取って一口食べる。
香ばしい匂いが口に広がった。
「……美味いな」
「ですよね!」
ティアが嬉しそうに笑う。
その光景を見ながら、リナがぽつりと呟いた。
「なんか普通のおじいちゃんみたい」
「聞こえているぞ」
「わっ」
ベルクはまたため息を吐いた。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
騒がしくて。
規格外で。
問題ばかり起こす。
それなのに、このパーティーの周囲には妙な居心地の良さがある。
ベルクは湯気の立つスープを見つめながら、小さく目を細めた。
——だからこそ、余計に気になる。
この少年は、いったいどこまで“普通じゃない”のか。
夜のアルト。
賑やかな屋台通りの中で。
大賢者ベルクは、静かにそんなことを考えていた。




