第49話 誘拐犯と、清掃依頼の報酬
アルトの街へ戻る頃には、空はすっかり夕方の色になっていた。
石畳が橙色に照らされ、人通りも少しずつ落ち着き始めている。
大通りの屋台からは、焼き肉や香辛料の匂いが漂ってきていた。
「夕方の街って、なんか落ち着きますね……」
ティアが周囲を見回しながら、小さく呟く。
確かに昼間より歩きやすい。
観光客も減って、商人たちも店じまいの準備を始めていた。
その横を、カイはいつも通りのペースで歩いている。
「ギルド寄ってからご飯にしよう」
「ええ。流石に誘拐事件は報告しないとね……」
リナが疲れたように肩を落とした。
実際、疲れるのも無理はない。
昼間は普通にクレープを買いに来ていただけだったのに、気づけば地下ダンジョンで拉致監禁されていたのだ。
しかも犯人は有名冒険者パーティ。
情報量が多すぎる。
⸻
アルト冒険者ギルド。
巨大な木製の扉を押し開けた瞬間、中の空気が止まった。
「……あ」
受付にいたレイカが、こちらを見て固まる。
周囲の冒険者たちも一斉に振り返った。
理由は単純だった。
数日前、“白銀の剣”のジークが新人に絡んでいたのを、多くの人間が見ていたからだ。
そんな目線を気にもせず。
「レイカさん」
「は、はいっ!」
「ジークって人、地下ダンジョンで倒れてるから回収したほうがいいよ」
ギルド内が静まり返った。
レイカが目を瞬かせる。
「……へ?」
「あと、誘拐犯だった」
「…………へ?」
理解が追いついていない顔だった。
その直後。
奥の部屋の扉が勢いよく開く。
「詳しく話を聞かせろ」
低く響く声。
ギルドマスターのガラクだった。
岩みたいな巨体を揺らしながら、こちらへ歩いてくる。
その後ろにはミレナもいる。
眼鏡の奥の目が、いつも以上に鋭かった。
数分後。
ギルド奥の応接室。
カイたちはソファに座り、テーブルには紅茶と軽食が並んでいた。
ティアはまだ少し緊張している。
フォルだけはテーブルの上で丸くなって寝ていた。
「キュル……」
緊張感がない。
「……つまり」
ミレナが整理するように口を開く。
「ジークはあなたたちを逆恨みし、ティアさんとリナさんを誘拐」
「はい」
「その後、西の地下ダンジョンへ監禁」
「うん」
「そしてカイさんが単独で乗り込み、救出した、と」
「そう」
あまりにも淡々とした返答だった。
ガラクが腕を組む。
「で、ジークは?」
「壁にぶつかって気絶してた」
「何をした」
「床を平らにした」
「……は?」
ガラクの眉がひくりと動いた。
カイは真面目な顔で続ける。
「デコボコして歩きにくかったから」
「いや、そうじゃなくてだな」
「滑って壁にぶつかってた」
「……」
ガラクが黙る。
ミレナも頭を押さえていた。
リナがため息混じりに補足する。
「カイが【整地】したら、床がツルツルになって……そのまま自爆したのよ」
「…………」
「一撃も入れてないわ」
沈黙。
ガラクは数秒考え込み――。
そして突然、豪快に笑い出した。
「ハッハッハッハ!!」
部屋が揺れるくらい大声だった。
「Aランク冒険者が床で滑って自滅か! 傑作だ!」
「笑い事じゃないですよギルマスター」
ミレナが呆れた顔で突っ込む。
しかし、次の瞬間。
ミレナの表情が真面目なものへ変わった。
「ですが、これは非常に重大な案件です」
彼女はティアを見る。
「ティアさん。“商品”と言われていた件、本当ですね?」
ティアは小さく肩を震わせながら頷いた。
「……はい」
「ギロンの名前は?」
「聞きました……。奴隷商の元締めだって……」
空気が変わる。
ガラクの顔から笑みが消えた。
「……裏社会の連中か」
低い声だった。
ギルドマスターとしてではなく、元Sランク冒険者としての圧が滲んでいる。
ミレナは静かにメモを書き込み、やがて顔を上げた。
「ジーク及び“白銀の剣”は即時調査対象にします」
「ギロン側とも繋がってる可能性が高いわね……」
リナが呟く。
ガラクは鼻を鳴らした。
「可能性じゃねえ。黒だろうよ」
その後。
話題は地下ダンジョンの状態へ移った。
「……それでカイさん」
ミレナが書類を見ながら聞く。
「ダンジョン内部の瘴気が消えているという報告が来ていますが」
「うん。空気悪かったから綺麗にした」
「…………」
「あと罠が危なかったから整理した」
「整理?」
「矢とか分別した」
「…………」
「スライムは乾燥させた」
「…………」
ミレナが静かにペンを置いた。
「ギルドマスター」
「なんだ」
「これ、“地下ダンジョン浄化及び危険除去依頼”として処理したほうが早いです」
「そうだな」
ガラクが即答した。
「どう考えても上級依頼以上の成果だ」
カイは首を傾げる。
「報酬もらえるの?」
「もらえるどころじゃねえよ」
ガラクはニヤリと笑った。
「西ダンジョンは敵は少ないが長年放置されてた危険区域だ。瘴気除去、罠解除、内部清掃、誘拐犯確保。まとめて特別報酬扱いだな」
ミレナが金額を書き込み、テーブルへ置く。
リナが見た瞬間、固まった。
「……えっ」
ティアも目を丸くする。
「こ、こんなに……?」
かなりの大金だった。
普通の冒険者なら数ヶ月は遊んで暮らせる額。
でも。
カイは少し考えてから言った。
「じゃあ今日の宿、もっといい部屋にしよう」
感想がそれだった。
リナが頭を抱える。
「普通そこ!? もっと感動しなさいよ!」
「だって、ふかふかのベッド増やせるよ」
「キュル♪」
フォルも賛成するように鳴いた。
完全に同意していた。
ガラクは腹を抱えて笑う。
「ハッハッハ! お前ほんと面白えな!」
ミレナも呆れながら小さく笑っていた。
ティアはそんなやり取りを見ながら、そっとクレープの甘さを思い出す。
温かくて。
騒がしくて。
でも不思議と安心できる場所。
気づけば、自分にも“帰る場所”みたいなものが出来始めていた。




