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幕間 ティアの涙と、初めての甘い味


地下ダンジョンを出た瞬間、冷たかった空気がふっとやわらいだ。


午後の日差しが、じんわり身体を温めてくれる。


私は両手で包みを持ちながら、小さく息を吐いた。


そして、そっとクレープを一口かじる。


「……っ」


甘い。


温かい生地と、冷たいクリーム。


口の中でゆっくり溶けるチョコレートの甘さに、胸の奥までぽかぽかしてくる。


こんなに美味しいものを、私は知らなかった。


少し前までの私は、地下迷宮の中で震えていた。


暗くて。


臭くて。


冷たい場所。


鉄格子の奥で、また“商品”に戻されるのだと思っていた。


だから助けなんて期待していなかった。


脳裏に浮かぶのは、カイ様と出会った日のこと。


アルトの裏路地。


雨上がりの泥道。


私は壁に背を預け、うずくまっていた。


逃げ出したあとだった。


足は鎖で擦れて痛くて、身体は泥だらけ。


首には鉄の枷。


呼吸をするたびに冷たい鉄が肌に当たって、苦しかった。


でも、もう逃げる力も残っていなかった。


銀髪は、生まれ故郷では“魔族の証”と呼ばれていた。


それだけで皆から嫌われた。


怖がられた。


気味悪がられた。


そしてギロンたちに見つかり、その髪を“高く売れる”と言った。


私自身じゃなくて、“珍しい商品”として見ていた。


もう終わりだと思っていた。


そんな時だった。


「……汚いね」


頭の上から、平坦な声が降ってきた。


怒っているわけでもない。


馬鹿にしているわけでもない。


ただ、本当に汚れたものを見つけた時みたいな自然な声だった。


恐る恐る顔を上げる。


そこにいたのが、カイ様だった。


黒に近い紺色の髪。


淡い灰色の瞳。


隣にはリナさん。


肩には、小さなフォルちゃん。


カイ様は私を見ても驚かなかった。


銀髪を見ても。


泥だらけの姿を見ても。


何も言わない。


ただ少しだけ眉を寄せて、指先を軽く振った。


「【清浄】『クリーン』」


次の瞬間。


身体の泥が、一瞬で消えた。


髪に絡まっていた汚れも。


服の臭いも。


肌に張り付いていた気持ち悪さも。


全部。


まるで最初から汚れていなかったみたいに消えていく。


銀色の髪が、陽の光を反射して白く輝いた。


自分の髪が、こんなに綺麗だったなんて知らなかった。


私は呆然とする。


するとカイ様は、今度は首元を見る。


鉄の枷。


逃亡防止用の重い呪具。


普通なら鍵が必要なもの。


でもカイ様は、それを見て小さく呟いた。


「邪魔だね」


そして。


「【修復】『リペア』」


パキィィインッ。


乾いた音が響いた。


首輪の鉄枷に亀裂が走る。


次の瞬間、硬い鉄がガラスみたいに砕け散った。


私は思わず首元を押さえる。


軽い。


苦しくない。


信じられなかった。


カイ様にとって私は、“魔族の証”なんかじゃなかった。


高級商品でも。


哀れな奴隷でもない。


ただ、“汚れていたから綺麗にして”。


“邪魔だったから壊した”。


それだけ。


本当に、それだけだったのだと思う。


「……ティア?」


声が聞こえる。


気づけば、カイ様がこちらを振り返っていた。


リナさんの肩の上では、フォルちゃんも「キュル?」と小さく首を傾げている。


私は慌てて目元を擦った。


「だ、大丈夫です……!」


涙が出そうだった。


でも悲しくて泣きたいわけじゃない。


温かかったから。


嬉しかったから。


私はクレープをぎゅっと持つ。


「とっても、美味しいです」


ちゃんと笑えているか不安だった。


でもカイ様は少し安心したように頷いた。


「そっか。なら良かった」


それだけ言って、また前を向く。


静かな足音。


一定の歩幅。


私はその背中を見つめた。


もう、“商品”として生きたくない。


私はただのティアとして、この旅にいたい。


この人たちと、一緒に歩きたい。


いつか少しでも役に立てるようになりたい。


私はクレープの最後の一口を、ゆっくり噛み締める。


甘かった。


胸の奥まで、じんわり温かくなる味だった。


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