第43話 平和な街歩きと、迫りくる(?)影
朝の光が降り注ぐアルトの街で、三人は焼きたてのパンの香りが漂うカフェのテラス席に座っていた。
「わぁ……パンが、ふわふわです!」
ティアが両手で抱えた丸いパンをかじり、目をキラキラと輝かせている。
「ふふっ、たくさん食べていいのよ。新しい服にこぼさないように気をつけてね」
リナが微笑ましく見守る中、カイは自分のカップの紅茶をじっと見つめていた。
「少し熱すぎるな。猫舌だから、飲むのに気を使うと疲れる。【調律】(コンフォート)」
紅茶が湯気を立てたまま、カイにとって一番飲みやすい完璧な温度へと瞬時に下がる。
「……相変わらず、魔法の無駄遣いね」
呆れるリナをよそに、カイは満足そうに紅茶を啜り、膝の上のフォルに小さくちぎったパンを与えた。
朝食を終えた一行は、活気に満ちた市場をのんびりと見て回ることにした。
「ティア、靴も歩きやすいものに変えましょう。足に合わないと疲れるからね」
「はい、リナさん。……なんだか、本当に夢みたいです」
新しい靴を履き、街の美しい景色を眺めながら歩くティアの表情は、昨日までの陰りが嘘のように明るかった。
しかし、昼に近づくにつれて日差しが強くなり、人混みの熱気が増してくる。
「少し暑くなってきたわね。日陰で休む?」
リナが手で日差しを遮りながら提案すると、カイは小さく首を横に振った。
「汗をかくと服が肌に張り付いて不快だから、これでいいよ。【調律】(コンフォート)」
カイが指を鳴らすと、三人の周囲だけが、まるで木陰にいるような涼しくて爽やかな空気に包まれた。
「……本当に、あなたと旅をしていると快適すぎて感覚がおかしくなるわ」
涼しい顔で市場を満喫する三人の姿を、少し離れた路地裏からギロリと睨みつける者たちがいた。
「おい、見ろ。昨日俺たちをコケにしたあのガキどもだぞ」
「ああ、あいつらだ。ドンの『商品』だった銀髪の女も一緒にいやがる」
昨日、路地裏でツルツルの床に転がされた男たちが、憎々しげに舌打ちをした。
「ドンに報告だ。あいつらの泊まってる宿を突き止めて、今夜たっぷり痛い目を見せてやる……!」
男たちがこそこそと後をつけようと路地の影から足を踏み出した、その瞬間だった。
「……この辺り、少し土埃が舞ってて空気が悪いね。【清浄】(クリーン)」
カイが通りを歩きながら何気なく魔法を放つと、周囲の汚れと一緒に、足元の水たまりの泥が弾け飛んだ。
「ぶべっ!?」
弾け飛んだ泥水が男たちの顔面にクリーンヒットし、彼らは悲鳴を上げてゴミ箱の裏へと転がっていった。
「ん? 何か変な音がした?」
「気のせいじゃない? それよりカイ、夕飯はどうする?」
リナの問いに、カイは背後で伸びている男たちに全く気づかないまま、夕暮れの空を見上げた。
「そうだね、昨日とは違う美味しいものが食べたいな。明日はおやつに甘いクレープも食べたいし」
「ふふ、いいですね。私、なんでも美味しく食べられます!」
平和な笑顔を浮かべるティアたちを連れて、カイは夕食を済ませ、『潮風の止まり木亭』へと戻っていく。
この後、自分たちの快適な睡眠を脅かす騒音の嵐がやってくることなど、カイは微塵も想像していなかった。




