第4話 旅立ちと、最初の依頼
収穫祭の翌朝。
村はまだお祭りの余韻に包まれていた。
あちこちから笑い声が聞こえ、焼きたてのパンの匂いが漂ってくる。
カイは村の広場で、その光景をぼんやり眺めていた。
「……平和だなぁ」
思わず呟く。
昨日まで初対面だった村人たちが、みんな笑顔だった。
それがなんだか嬉しかった。
すると後ろから声が飛ぶ。
「カイー! 準備できた!」
振り返ると、大きな荷物を背負ったリナが立っていた。
革袋。
水筒。
寝袋。
腰には手斧。
完全に旅人スタイルである。
「……本当に行くんだ」
「当たり前でしょ?」
リナはニヤッと笑う。
「世界を見て回るんでしょ? だったら案内役は必要じゃない」
「案内役?」
「この辺の地理とか常識とか、あんた全然知らないじゃない」
「たしかに」
即答だった。
リナはちょっとだけ不安になった。
この人、本当に一人旅させちゃ駄目なタイプでは?
「……まあいいわ。私がなんとかする」
「ありがとう、リナ」
真っ直ぐお礼を言われ、リナは少しだけ照れ臭そうに視線を逸らした。
◆ ◆ ◆
村の入り口では、村人たちが見送りに集まっていた。
「兄ちゃん、また来いよ!」
「今度はうちの井戸も見てくれ!」
「ぜひ王都でも店を開いてくれんか!?」
「お前ら、旅人を設備屋扱いするな!」
リナがツッコむ。
だが気持ちは分かる。
カイが来てから一日で、
* 小屋が超高級宿化
* 浴場復活
* 畑大豊作
である。
もはや救世主だった。
「カイ殿」
村長が前へ出る。
その手には、小さな革袋があった。
「少ないですが、旅の資金です」
「えっ、そんな悪いですよ!」
「受け取ってください。村を救っていただいた礼です」
村人たちも何度も頷く。
カイは少し迷ったあと、丁寧に頭を下げた。
「……ありがとうございます」
革袋を受け取る。
中から硬貨が触れ合う音がした。
人生で初めて稼いだお金だった。
なんだか胸が温かくなる。
「それじゃ、行ってきます」
「おう!」
「元気でね!」
「また来なさいよー!」
村人たちに見送られながら、カイとリナは村を後にした。
◆ ◆ ◆
石畳の街道を歩く。
空は青く、風が気持ちいい。
カイはきょろきょろと辺りを見回していた。
道端の花。
飛んでいる鳥。
馬車の音。
全部が珍しい。
「そんなに楽しい?」
リナが笑う。
「うん。全部初めてだから」
その言葉に、リナは少しだけ黙った。
カイは本当に、世界そのものを楽しんでいる。
強さとか名声とか、そういうものに興味がない。
ただ歩いて、見て、感じるだけで幸せそうなのだ。
「……変な人」
「そうかな?」
「うん。でも嫌いじゃない」
そんな会話をしているうちに。
遠くに大きな街が見えてきた。
高い石壁。
大勢の人。
門番。
「着いたわよ。最初の街、フィルン」
「おお……!」
カイの目が輝く。
人がいっぱいだ。
屋台が並び、香辛料の匂いが漂っている。
子供が走り回り、商人が声を張り上げる。
活気に満ちた光景だった。
「すごい……」
カイは感動したように呟く。
病院のテレビでしか見られなかった“賑やかな街”が、今は目の前にあった。
するとリナが胸を張る。
「まずは冒険者ギルドね!」
「冒険者?」
「旅するなら身分証代わりにもなるし、依頼を受ければお金も稼げるの」
「なるほど」
カイは素直に頷いた。
数分後。
二人は街の中央にある大きな建物へ入った。
中は酒場のように賑やかだった。
鎧姿の男。
ローブを着た魔法使い。
獣人らしき女性までいる。
カイは完全に目を輝かせていた。
「異世界っぽい……!」
「異世界なんだけど?」
リナが呆れる。
その時。
「……ん?」
ギルド内の視線が、ふとカイたちへ集まった。
正確には。
カイの服装へ。
村人から借りたシンプルな服。
細い身体。
どう見ても新人だ。
すると奥のテーブルから、ガタイのいい男たちの笑い声が響いた。
「おいおい、坊主じゃねぇか」
「観光気分で冒険者か?」
「死にたくなきゃ帰んな」
周囲がクスクス笑う。
リナがムッと眉を寄せた。
だがカイは、なぜか嬉しそうだった。
「リナ」
「なによ」
「これ、冒険者ギルドっぽいね」
「喜ぶところじゃないのよ」
その時。
ギルド受付の女性が苦笑しながら手招きした。
「はいはい、新人さんはこちらへどうぞ」
こうしてカイたちの、本格的な異世界旅が始まる。
そして数時間後。
ギルド中の冒険者たちが、“生活魔法”という言葉を二度と信じられなくなることを、この時はまだ誰も知らなかった。




