第3話 泥だらけの畑と、奇跡の収穫祭
「それなら簡単ですよ?」
カイがそう言った瞬間。
村人たちの視線が一斉に集まった。
「簡単ってお前……」
「畑一面だぞ……?」
「昨日のマッドベアが暴れ回ったせいで、泥も石もぐちゃぐちゃなんだ……」
村人たちは暗い顔をしている。
どうやらこの村では、畑の収穫が一年の生命線らしい。
作物が駄目になれば冬を越せない。
けれどカイは不思議そうに首を傾げた。
「泥を綺麗にすればいいんですよね?」
「そんな簡単な話じゃ――」
リナが言いかけた時だった。
カイはすでに畑へ向かって歩き出していた。
◆ ◆ ◆
村の外れ。
そこには、無残に荒らされた畑が広がっていた。
泥だらけ。
作物は踏み潰され、水路も壊れている。
村人たちの表情が沈む。
「今年は終わりだ……」
誰かが呟いた。
だがカイはしゃがみ込み、土を触った。
「……あ」
「どうしたの?」
「この土、苦しそう」
「は?」
リナが変な顔をする。
カイは真剣だった。
前世では自然に触れる機会がほとんどなかった。
だからこそ今、土の感触が妙に気になった。
重い。
冷たい。
汚れている。
なんとなく、元気がない気がした。
「綺麗にしてみます」
カイは立ち上がる。
そして両手を広げた。
「【一斉清浄】」
眩い光が畑全体へ広がった。
次の瞬間。
泥が消えた。
濁っていた水路が透明になり、踏み荒らされた土がふかふかに戻っていく。
「なっ……!?」
村人たちが目を見開く。
しかし、それだけでは終わらなかった。
カイは首を傾げる。
「んー……なんかまだ元気ないな」
「まだやるの!?」
「えっと……土って栄養必要なんだよね?」
病院のテレビで見た農業番組を思い出しながら、カイは魔法を使った。
「【活性】」
ぽわっ、と淡い光が土へ染み込む。
すると。
畑の芽が、一斉に伸び始めた。
「え」
ぴきっ。
ぴきぴきっ。
小さかった芽がみるみる育つ。
葉が広がる。
茎が太くなる。
そして数秒後。
「うそだろ……」
畑いっぱいに、見事な野菜が実っていた。
真っ赤なトマト。
艶のあるナス。
大きな小麦。
しかも全部、異常なほど品質がいい。
「し、収穫期!?」
「一瞬で!?」
「神跡だ!!」
村人たちが騒ぎ始める。
リナはもう頭を抱えていた。
「だからなんで生活魔法でこうなるのよぉ……」
カイ本人はきょとんとしている。
「元気になってよかったね?」
「“よかったね?”じゃないのよ!!」
その時。
村長がふらふらと前へ出た。
震える手で、小麦を掴む。
「……こんな見事な作物、見たことがない」
そして。
ぽろっ、と涙をこぼした。
「これで……村のみんなが冬を越せる……!」
周囲の村人たちも、次々に歓声を上げ始める。
「すげぇ!!」
「奇跡だ!!」
「宴だぁぁぁ!!」
「お祭りだー!!」
一気に村が騒がしくなった。
カイは驚いてリナを見る。
「なんかすごい喜ばれてる」
「そりゃそうよ……」
リナは呆れ顔でため息をついた。
「普通、村一つ救うのって英雄の仕事なんだから」
「?」
まったく分かっていない顔だった。
リナは思う。
この少年、本当に危なっかしい。
規格外すぎるくせに、本人にまるで自覚がないのだ。
放っておいたら、そのうち国でも消し飛ばしかねない。
……本人は掃除のつもりで。
「やっぱり私がついてないと駄目だわ、この人」
「?」
「なんでもない!」
リナは勢いよくそっぽを向いた。
その夜。
村では急遽、収穫祭が開かれた。
肉が焼かれ、スープが煮込まれ、村人たちは笑い合う。
カイは焚き火の前で、渡された串焼きをじっと見つめていた。
「……食べていいの?」
「何言ってんのよ」
リナが笑う。
「今日はあんたが主役なんだから」
カイは恐る恐る、一口かじった。
ぱりっ。
肉汁が溢れる。
香ばしい匂い。
熱さ。
塩気。
全部が初めてだった。
「……おいしい」
その一言に、リナは少しだけ目を細めた。
カイは夢中で食べ始める。
そんな姿を見て、村人たちが笑った。
十七年間、病室の窓からしか世界を見られなかった少年は。
今ようやく、“生きている”ことを実感していた。




