第34話 帰り道と、小屋の夜
森を抜けた瞬間、空気の重さがすっと消えた。
あの黒い気配はもうどこにもない。
代わりに、夕方の少し冷たい風が頬をかすめる。
空はまだ完全には暗くなっていない。
西の空に、沈みかけた太陽の名残がわずかに残っていた。
リナは軽く息を吐く。
「……やっと終わったって感じね」
フォルは肩の上で羽をゆるく広げる。
「キュルル♪」
カイは何も言わず、そのまま小屋のある方へ歩き出した。
小屋に着く頃には、空は青を濃くし始めていた。
夕暮れと夜の境目。
森の音も落ち着き、風も静かになっている。
扉を開けると、木の匂いがふっと広がった。
中は以前と変わらず整っていて、湿気も汚れもない。
リナは中を見て、小さく肩を落とす。
「……ここに戻ると落ち着くの、ほんと悔しい」
フォルはすぐに床へ降りて、軽く跳ねるように動き回る。
「キュル!」
カイは荷物を置き、暖炉に火を入れた。
ぱち、と小さく音がして、炎がゆっくり広がる。
小屋の中に、柔らかい光が満ちていく。
食事は簡単なものだった。
干し肉と保存パン。
そしてカイが作る水。
「【生成】」
木の器に澄んだ水が満ちる。
リナはそれを受け取りながら呟く。
「ほんとそれだけで生活成立するの、ずるいわよね」
フォルはパンをかじりながら満足そうに鳴く。
「キュルル♪」
食事はすぐに終わった。
会話もほとんどない。
ただ暖炉の音と、外の風の気配だけが静かに残る。
しばらくして、リナがあくびを一つした。
「……一気に眠気きたわ」
フォルはすでに小さく丸くなっている。
「キュル……」
カイは壁にもたれたまま、動かない。
疲れているというより、ただ自然に休む流れに入っているだけだった。
リナは毛布にくるまりながら、ぼそっと呟く。
「さっきまで騒がしかったのに、落差がすごいわね」
その言葉に返事はない。
ただ火が揺れ、外の風が小屋をかすかに撫でる音だけがある。
リナはそのまま目を閉じる。
フォルの小さな寝息が混じり、やがて空気は完全に静まっていく。
カイも最後に一度だけ炎を見てから、静かに目を閉じた。
夜は何事もなく、更けていった。




