第33話 森の奥と、戻ってきた静けさ
黒い溜まりが消えたあと、森はしばらく“無音”になった。
正確には音がないわけじゃない。
風は吹いているし、葉も揺れている。
それでも一瞬だけ、森全体が「どう動けばいいか思い出している」ような間があった。
リナはゆっくり周囲を見回す。
「……空気が軽い」
さっきまで喉に引っかかっていたような重さがない。
呼吸が自然に入る。
足元の草も、踏んだときの感触が違う。
沈みすぎず、硬すぎず、ちゃんと“生きてる地面”に戻っていた。
フォルは肩の上で羽を少し広げて、空を見上げる。
「キュルル♪」
機嫌の良い声。
さっきまで警戒していたのが嘘みたいに、体の力が抜けている。
カイはというと、特に変わらない顔で森を見ていた。
何かをやり遂げたというより、「元に戻したか確認している」だけの視線だ。
リナはその横顔を見て、少しだけ呆れたように息を吐いた。
「ほんと、感覚がズレてるわね」
「そう?」
「普通はあんなの見たら、もう少し疲れるとかあるでしょ」
カイは少し考えてから、
「汚れてたから、きれいにしただけだし」
それだけ言った。
リナはそれ以上突っ込むのをやめた。
突っ込んでも意味がないタイプだと理解している。
代わりに、森の奥をもう一度見た。
黒い溜まりがあった場所は、今ではただの開けた空間になっている。
ただ――違和感の“跡”だけは残っていた。
長い間圧迫されていたせいで、木の生え方が少しだけ不自然に歪んでいる。
「……ここだけ、まだ少しだけ癖が残ってるわね」
リナが呟く。
カイはそこを見て、しゃがんだ。
地面に手を置く。
「【リペア】」
光が走る。
ひびというほどではない、小さな歪みがゆっくりと整っていく。
土の高さが揃い、根の出方が自然になる。
だが、まだ少しだけ“ズレた感じ”が残っていた。
カイはもう一度、同じ場所に手を置く。
「【リペア】」
今度は深いところまで入る。
地面の中で絡まっていたものがほどけるように整い、ようやく自然な層に戻っていく。
それでも、ほんのわずかな違和感が残る。
リナが小さく息を吐く。
「細かいわね……ほんとに」
カイは最後にもう一度だけ手を置いた。
「【リペア】」
その瞬間、森の一部という感じではなく、“最初からこうだった森”の感覚に変わる。
さっきまでの歪みが完全に消えた。
リナはしばらく黙ってその場所を見ていた。
「……これ、さっきまでの騒ぎが嘘みたいね」
フォルが満足そうに小さく鳴く。
「キュルル♪」
風が通る。
今度はちゃんと“森の風”だ。
どこにも引っかかりがない。
葉の揺れも自然で、音も軽い。
リナは肩の力を抜いた。
「とりあえず、ここはもう大丈夫そうね」
カイは立ち上がる。
「うん」
それだけ。
森は完全に静かに戻っていた。
さっきまでの異常があったことすら、時間が薄めていくように。
ただ一つ違うのは――
この森はもう、前より少しだけ“呼吸がうまくなっている”ことだった。




