第25話 灰狼と、フォルの威嚇
ガサ、ガサガサッ!!
森の奥から、今度は明らかに大きな音が響いた。
さっきまで穏やかだった草原の空気が、一瞬で張り詰める。
木陰で休んでいた旅人たちも顔を上げた。
馬が落ち着かなさそうに鼻を鳴らす。
リナが短剣へ手を伸ばした。
「……来る」
草むらが揺れる。
そして次の瞬間。
ガサッ!!
飛び出してきたのは、大型犬ほどの灰色の狼だった。
逆立った毛。
赤く光る目。
鋭い牙。
しかも一匹ではない。
二匹、三匹……全部で五匹。
低い唸り声を上げながら、じりじり近づいてくる。
「グレイウルフ……」
リナが眉をひそめた。
「こんな街道近くまで出てくるなんて……」
普通なら森の奥にいる魔物だ。
やはり魔物の動きがおかしい。
旅人たちも緊張した顔で武器を構え始める。
だが。
「わぁ……」
カイだけ反応が違った。
「犬っぽい」
「今そこ!?」
リナが即ツッコむ。
確かに見た目は狼犬っぽい。
でも普通に危険な魔物である。
その時。
一番大きな狼が牙を剥いた。
赤い目が、真っ直ぐカイを捉える。
「グルァァッ!!」
地面を蹴った。
一直線。
カイへ飛びかかる。
「カイ!」
リナが叫ぶ。
だが、その前に。
「キュルルルル……ッ!!」
フォルが飛び出した。
小さな身体でカイの前へ立つ。
翼を大きく広げた。
その瞬間。
空気が変わる。
黄金の瞳が細くなる。
普段の愛らしさが消えた。
そこにいたのは――紛れもなく“竜”だった。
「キュルルルッ!!」
鋭い威嚇。
びり、と空気が震える。
狼たちがびくりと足を止めた。
本能で理解したのだ。
目の前にいるのは、自分たちより遥か格上の存在だと。
近くにいた旅人たちまで息を呑む。
小さい。
けれど圧倒的だった。
だが。
群れのボスだけは止まらない。
牙を剥き、なおもカイへ飛びかかってくる。
「グルァァァッ!!」
フォルは避けない。
小さく息を吸い込む。
その胸がふわりと膨らんだ。
そして。
「キュルッ!」
ぽふっ。
吐き出されたのは、小さな火球だった。
今の小さな身体に合った、小さなブレス。
だがそれは紛れもなく、竜の炎だった。
火球は狼の鼻先へぶつかり――
ぼわっ!!
「ギャンッ!?」
次の瞬間。
狼の顔周りの毛だけが、見事にちりちりになった。
焦げ臭い煙がふわっと上がる。
怪我はない。
だが見た目が酷い。
静寂。
数秒後。
「ぶっ……!」
リナが吹き出した。
「な、なによそれ……!」
旅人たちも耐えきれなかった。
「毛だけ焼いた!?」
「器用すぎるだろ!?」
「今のブレスだよな!?」
ちりちり頭になったボス狼は、屈辱で震えていた。
「グルルル……ッ!!」
怒っている。
でも怖い。
フォルが再び翼を広げる。
「キュルル……!」
低い威嚇。
小さな口元で火花がぱちぱち弾けた。
それを見た瞬間。
狼たちの耳がぺたんと倒れる。
そして。
「キャウンッ!!」
一斉に逃げ出した。
ものすごい勢いで森の奥へ消えていく。
最後尾には、ちりちり頭のボス狼。
静寂。
風が草原を揺らしていた。
「……勝った?」
リナがぽつりと呟く。
「キュル!」
フォルが胸を張る。
しかもどこか得意げだった。
小さな鼻から、ふしゅんっと白い煙が漏れる。
カイは目を輝かせた。
「すごいねフォル。火、吐けるんだ」
「キュルル♪」
褒められたと思ったのか、尻尾が高速で振られる。
完全にご機嫌だった。
その姿を見て、近くの旅人が呆然と呟く。
「……可愛いのに、ちゃんと竜なんだな」




