第22話 出発の日と、初めての旅路
翌朝。
フィルンの東門は、朝靄に包まれていた。
白く薄い霧が石畳を這い、朝日がゆっくり街を照らし始めている。
門の外へ続く街道には、既に何台もの荷馬車が並んでいた。
商人たちの声。
馬のいななき。
車輪の軋む音。
活気ある朝の空気が広がっている。
そんな中。
「……わぁ」
カイは東門の前で立ち止まっていた。
門の向こう。
遠くまで続く石畳の街道。
その先には、見たこともない世界が広がっている。
フィルンを出る。
それはつまり、本当の意味で“旅”が始まるということだった。
カイはしばらくその景色を見つめる。
風が吹いた。
朝の冷たい空気が頬を撫でる。
それだけで少し嬉しい。
「緊張してる?」
隣でリナが聞いた。
革鎧に短剣。
背中には旅袋。
すっかり冒険者らしい格好だ。
「ちょっとだけ」
「へぇ。カイでも緊張するんだ」
「だって初めてだから」
その声は、少しだけ弾んでいた。
不安より楽しみが勝っている。
すると。
「キュル!」
フォルが元気よく鳴いた。
小さな旅用バッグを背負い、カイの足元をくるくる回っている。
今日は特にご機嫌だった。
旅に行けるのが嬉しいらしい。
「フォルは元気だね」
「キュルル〜♪」
尻尾がぶんぶん振られる。
通りかかった商人が思わず二度見した。
「……竜?」
「最近フィルンで有名なんですよ」
リナが半分諦めた顔で答える。
商人は困惑しながらも、「可愛いな……」と呟いて去っていった。
完全に街の名物になり始めていた。
その時。
「おーい!」
後ろから声が飛んだ。
振り返ると、ロイドとベルクが歩いてくる。
ロイドは相変わらず黒コート姿。
ベルクは大剣を背負っていた。
「見送りですか?」
「依頼出した側だからな」
ロイドは肩を竦める。
それから真面目な顔になった。
「アルトまでの街道は長い。途中には森もあるし、魔物も出る」
「はい」
「特に最近は魔物の動きが変だ。無理はするな」
カイは素直に頷いた。
ベルクも口を開く。
「あと、夜営場所には気をつけろ」
「野宿ですか?」
「街道沿いには休憩小屋もあるが、全部使えるとは限らん」
するとリナがちらっとカイを見る。
「……まあ、この人いると野宿が高級宿になるんだけど」
「キュル!」
フォルまで頷いた。
完全に同意している。
ロイドは頭を抱えた。
「そこなんだよなぁ……」
普通、長旅は過酷だ。
食事も寝床も不安定。
だがカイがいると、全部快適空間になる。
色々おかしい。
その時。
ロイドが革袋を投げてよこした。
「ほれ」
カイが受け取る。
中には小さな金属板が入っていた。
銀色のプレート。
そこにはギルドの紋章が刻まれている。
「ギルド通信板だ」
「通信?」
「近くの街のギルドなら簡単な連絡が送れる。何かあったら使え」
リナが目を丸くした。
「え、それ結構高いやつじゃ」
「依頼中に死なれると困るんだよ」
ロイドはぶっきらぼうに言う。
だが少しだけ気にかけているのが分かった。
カイは嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「……まあ、お前らなら大丈夫だろ」
ベルクが苦笑する。
ワイバーンを手懐けた時点で、普通の基準は通用しない。
その時だった。
「キュルル!」
フォルが突然、街道の先へ向かって走り出した。
小さな翼をぱたぱたさせながら、嬉しそうに駆けていく。
「フォル、待って」
「キュル!」
振り返る。
朝日が、小さな竜の鱗をきらきら光らせていた。
その姿を見て、カイは少し笑う。
それから。
東へ続く街道へ、一歩踏み出した。
石畳を踏む音が響く。
風が吹く。
知らない景色が、向こうで待っている。
カイは空を見上げた。
青空がどこまでも広がっている。
――歩ける。
それだけで、胸がいっぱいだった。




