第21話 初めての長距離依頼と、旅支度
「どうだ。アルトまでの街道調査、受けるか?」
ロイドの言葉に、部屋が静かになる。
窓の外では、市場の喧騒が聞こえていた。
荷馬車の音。
商人たちの呼び声。
焼きたてのパンの香り。
フィルンの日常はいつも通りなのに、この部屋だけ少し空気が違った。
カイは地図を見る。
フィルンから東へ伸びる街道。
森。
渓谷。
小さな村。
そして交易都市アルト。
かなり遠い。
「アルトって、どれくらいかかるんですか?」
「馬車なら五日ほどだな」
「そんなに」
カイは少し驚いた顔をした。
今まで村と街くらいしか移動していない。
本格的な旅は初めてだった。
リナは腕を組む。
「街道調査って、具体的には何するの?」
ベルクが答えた。
「異常の原因を探る。魔物の群れの確認、危険地域の特定、可能なら対処だ」
「可能ならって……」
「危険なら無理に戦わなくていい。報告だけでも十分価値がある」
そこまで言ってから、ベルクはカイを見た。
「……普通なら、だが」
「?」
「お前の場合、“普通”が参考にならん」
リナが頷く。
「ほんとそれ」
カイだけ状況認識がズレていた。
ロイドは椅子へ深く座り直す。
「依頼料は高めに出す。長距離だしな。それにアルトは大都市だ」
「大都市!」
カイの目が輝いた。
リナが苦笑する。
「反応そこなんだ」
「だって大きな街なんでしょ?」
「まあ、フィルンよりずっと大きいわね」
「行ってみたい」
その声は純粋だった。
新しい景色。
新しい街。
知らない世界。
カイはそういうものを見るたび、本当に嬉しそうな顔をする。
ロイドはそれを見て、小さく笑った。
「……なら決まりだな」
「受けます」
「即決ねぇ」
リナは呆れながらも、少し楽しそうだった。
実際、彼女も旅にはわくわくしている。
フォルも窓際から起き上がる。
「キュル!」
「お前も行く気満々か」
「キュルル♪」
尻尾がぶんぶん振られる。
完全に旅メンバーだった。
◆ ◆ ◆
ギルドを出た頃には、昼前になっていた。
空はよく晴れている。
石畳には陽光が反射し、人々が忙しそうに行き交っていた。
「まずは準備ね」
リナが指を立てる。
「長旅なんだから、水筒とか保存食とか必要だし」
「なるほど」
カイは真剣に頷いた。
旅の準備なんて初めてだ。
全部新鮮だった。
フォルはそんな二人の後ろを、とことことついてくる。
「キュル〜♪」
街の人々は、もう普通に受け入れ始めていた。
「おっ、竜ちゃんだ」
「今日も可愛いなー」
「キュル!」
人気者だった。
最初の恐怖はどこへ行ったのか。
市場のおばちゃんなんて、普通に干し肉を渡している。
「ほれ、おやつ」
「キュルル!」
ぱくっ。
「食べたー!」
周囲から和やかな笑いが起きる。
リナが遠い目をした。
「フィルンの順応力どうなってんの……」
◆ ◆ ◆
しばらく歩くと、大きな道具屋へ辿り着いた。
木製看板には《旅人の木箱亭》と書かれている。
店先にはランタンやロープ、テントが並んでいた。
中へ入ると、革と木の匂いが広がる。
「おぉ」
カイは目を輝かせた。
壁一面に並ぶ旅道具。
水筒。
ナイフ。
地図。
寝袋。
冒険者向けの品が所狭しと並んでいる。
全部初めて見るものばかりだった。
「初心者丸出しね」
リナが少し笑う。
「だってすごいよこれ。旅って感じする」
その言葉に、リナは少しだけ目を細めた。
本当に楽しそうだ。
カイは何を見ても嬉しそうにする。
その時。
「キュル?」
フォルが店の奥を見つめた。
そこには小さな革製バッグが並んでいた。
犬用……ではなく、小型魔獣用の鞄らしい。
フォルがじーっと見る。
「欲しいの?」
「キュル!」
即答だった。
リナが吹き出す。
「なにその反応」
フォルはバッグの前から動かない。
小さな翼までぱたぱたしている。
完全に欲しがっていた。
カイは店員へ聞く。
「これって背負えますか?」
「え、竜に?」
店員が困惑する。
数分後。
小さな旅用バッグを背負ったフォルが完成した。
「キュルル〜♪」
めちゃくちゃ嬉しそうだった。
ちょこちょこ歩くたび、小さな鞄が揺れる。
周囲の店員たちがざわつく。
「かわいい……」
「竜って鞄背負うんだ……」
リナは頭を抱えながら笑った。
「なんかもう、旅するペットみたいになってるわね」




