第121話 銀髪の乙女
岩風呂の湯気が、夜の空へゆっくり溶けていく。
男湯より少し静かな空気の中、三人は肩まで湯に浸かっていた。
リナがぐっと伸びをする。
「……はぁぁ、これほんとダメになる」
エミリアが小さく息を吐く。
「わかるわ。身体から力抜けるもの」
ティアは静かに湯面を見つめていた。
月明かりが銀髪に反射して、湯気の中で淡く光っている。
リナがちらっと見る。
「ていうかさ」
「やっぱティアの髪すごいよね」
ティアが顔を上げる。
「髪、ですか?」
「うん。銀髪ってめちゃくちゃ珍しいじゃん」
エミリアも頷く。
「正直、最初見た時かなり驚いたわ」
ティアは少しだけ視線を逸らした。
「……そう言われることは、あります」
リナが湯をかきながら笑う。
「綺麗だよね。なんか人形みたい」
ティアは困ったように小さく笑う。
「褒められ慣れていないので、反応に困ります……」
「え、絶対昔から言われてるでしょ?」
その瞬間、ティアの手がほんの少し止まった。
湯気が静かに揺れる。
エミリアがその変化に気づいて、少しだけ視線を細めた。
ティアはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開く。
「……昔は、あまり良い意味ではありませんでした」
リナの表情が少し変わる。
「え?」
ティアは湯面を見たまま続けた。
「目立つので」
短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
エミリアが静かに言う。
「隠せなかったのね」
ティアは小さく頷く。
「はい」
少しだけ間が空く。
リナが、さっきまでより少し静かな声で聞く。
「……小さい頃から?」
「物心ついた時には、もう」
ティアの声は穏やかだった。
けれど、どこか遠い。
「奴隷商のところにいた頃も、よく髪を触られていました」
リナの目がわずかに見開く。
エミリアも黙る。
ティアは、感情を荒げることなく続ける。
「珍しいから、高く売れると」
その言葉だけで、空気が変わった。
湯の音だけが残る。
リナがゆっくり言う。
「……最低」
ティアは少しだけ笑った。
「今は、もう平気です」
「平気って……」
リナが言葉を詰まらせる。
ティアは視線を上げた。
「昔は、自分の髪が嫌いでした」
「目立つと、見つかるので」
山風が静かに吹く。
銀髪が揺れた。
「でも、今は少し違います」
エミリアが静かに聞く。
「どうして?」
ティアは少しだけ考えてから、小さく微笑んだ。
「綺麗だと言ってくれる人がいたので」
その言葉に、リナが少しだけ笑う。
「……カイ?」
ティアの肩がぴくっと揺れる。
「な、なんでそこでカイさんの名前が出るんですか……」
「いや絶対そうじゃん」
リナがにやにやする。
エミリアも珍しく少しだけ笑った。
「わかりやすいわね」
ティアは耳を少し赤くしながら視線を逸らす。
「……あの方は、変に気を遣わずに言うので」
リナが笑う。
「それ褒められた時?」
「はい……」
「なんて?」
ティアはしばらく黙ったあと、小さな声で言った。
「……綺麗だな、って」
一瞬、静寂。
次の瞬間。
「うわぁぁぁぁぁ」
リナが湯を叩きながら叫ぶ。
「待ってそれズルい!」
「自然に言いそうなのがまたズルい!」
エミリアも額を押さえる。
「無自覚なのが一番厄介なのよね、あの人」
ティアは恥ずかしそうに湯に少し沈んだ。
「もう……忘れてください……」
リナはまだ笑っている。
「いや無理でしょそれは!」
さっきまでの静けさとは違う、柔らかい笑い声が湯気の中に広がっていく。
夜の温泉は、まだまだ終わりそうになかった。




