第122話 隠していたもの
リナの笑い声は、しばらく止まらなかった。
「いやだって、“綺麗だな”ってさらっと言う!?」
湯を叩きながら笑うリナに、ティアは顔を赤くしたまま視線を逸らす。
「……本人は深い意味で言ってないと思います」
エミリアがため息混じりに言う。
「それが問題なのよ」
「無自覚でやるタイプだもの」
リナがうんうんと頷く。
「わかる。あれ天然で距離詰めてくるやつ」
ティアは湯気の向こうに逃げるように少し沈む。
「そんなつもりじゃ……」
「いやティア、顔真っ赤」
「赤くなってません」
「なってる」
即答だった。
エミリアも珍しく少し笑っている。
「でも意外だったわ」
「ティアって、そういう話になるともっと冷静かと思ってた」
ティアは少しだけ黙る。
それから、小さく言った。
「……慣れてないので」
リナが首を傾げる。
「え?」
ティアは視線を落としたまま、静かに続けた。
「誰かに、綺麗だとか……そういう風に言われること」
湯気が静かに揺れる。
さっきまでの笑いが、少しだけ落ち着いた。
ティアは自分の銀髪にそっと触れる。
「昔は、褒め言葉じゃありませんでしたから」
リナの表情が少し変わる。
ティアは穏やかな声のまま続けた。
「目立つから、値段が上がるって」
「そういう風に言われることの方が多かったです」
静かな声だった。
でも、だからこそ重かった。
エミリアが視線を伏せる。
リナもすぐには何も言えない。
ティアは苦笑する。
「だから、最初は髪を切ろうとしたこともありました」
「長いと余計に目立つので」
リナが眉をひそめる。
「……切ったの?」
ティアは首を横に振る。
「怒られました」
「商品価値が下がるって」
その言葉に、空気が少し冷える。
リナがぽつりと言った。
「ほんと最悪……」
ティアは少しだけ笑う。
「でも、もう昔の話です」
そう言うけれど、完全に消えたわけじゃない。
その空気を、二人とも感じていた。
エミリアが静かに聞く。
「じゃあ、今は?」
ティアは少しだけ目を瞬かせる。
「今?」
「その髪、自分ではどう思ってるの」
ティアはすぐには答えなかった。
湯気がゆっくり流れる。
遠くで虫の声が聞こえる。
やがて、ティアは小さく微笑んだ。
「……少し、好きになれました」
リナがふっと笑う。
「カイのおかげ?」
「っ……」
ティアの肩がまたぴくっと揺れる。
エミリアが呆れたように息を吐く。
「本当にわかりやすいわね」
ティアは小さく反論する。
「違います、そういうのじゃなくて……」
「じゃあどういうの?」
リナがにやにやしながら詰める。
ティアは困ったように視線を泳がせたあと、小さな声で言った。
「……あの方、“普通に”言うんです」
「普通に?」
「はい」
ティアは湯面を見つめながら続ける。
「珍しいとかじゃなくて」
「綺麗だから綺麗って」
その言葉に、エミリアが少し黙る。
リナも笑いを止めた。
ティアは静かに言う。
「初めてだったんです」
「髪を見られて、嫌じゃなかったの」
湯気が揺れる。
一瞬だけ、誰も言葉を返さなかった。
それからリナが、ふっと笑う。
「……あーもう」
「そういうとこなんだよな、カイって」
エミリアも小さく頷く。
「本人が一番わかってないタイプ」
ティアは少しだけ恥ずかしそうに笑った。
その笑顔は、最初よりずっと柔らかかった。




