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第118話 崩落の中で


 露天風呂には、静かな湯の音だけが響いていた。


 誰も口を挟まない。


 レオンの話を、全員が自然と聞き入っていた。


 山の夜風が吹き、白い湯気をゆっくり揺らす。


 レオンは湯へ肩まで浸かったまま、少しだけ遠くを見る。


「……助けるって言った直後だった」


 ぽつりと落とされた声は、いつもより静かだった。


「地下最深部で、さらに大きな崩落が起きたんです」


 崩れる天井。


 熱を帯びた空気。


 赤く脈打つ魔力の流れ。


 歪む空間。


 足場すら安定しない通路。


「通路は完全に塞がれました」


「それに、暴走した魔力炉の影響で空間そのものが歪んでいて」


 カイが小さく目を細める。


「……空間干渉」


「はい」


 レオンは頷いた。


「真っ直ぐ進んでいるのに、

 同じ場所に戻されるような状態でした」


 ベルクが静かに息を吐く。


「転移術式の残滓と魔力脈の干渉じゃな」


「その通りです」


 レオンは少しだけ頷いた。


「普通の移動も成立しない」


「魔法も安定しない」


「術式を組もうとしても崩れる」


 アルトが顔をしかめる。


「最悪の環境だな、それ」


「ええ」


 レオンは短く答える。


 そして、

 一瞬だけ視線を落とした。


「その中に、取り残されている人達がいました」


「研究員、整備員、そして学生」


 静かに続ける。


「通路崩落で完全に閉じ込められていて、救助も間に合わない状況でした」


 湯気の向こうで、

 その光景だけが重く浮かぶ。


「泣いている声が聞こえたんです」


「助けを呼ぶ声と、謝る声と」


 レオンは少しだけ目を細めた。


「……正直、あの時点では無理だと思っていました」


 山風が吹く。


 湯気が揺れる。


「でもそこで、一人来てくれたんです」


 その言葉に、ベルクがわずかに目を開く。


 レオンは続けた。


「ベルクさんです」


 カイが少し驚いたようにベルクを見る。


 ベルクは苦笑した。


「偶然じゃよ」


「現場対応に出ておっただけじゃ」


 レオンは小さく首を振る。


「偶然じゃないです」


「……あの状況で来てくれたのは、本当に大きかった」


 その声には、はっきりとした敬意が混じっていた。


「俺はまだ学生で、制御も未熟でした」


「暴走環境で結界を維持するだけで精一杯だった」


「でもベルクさんは、状況を見た瞬間に理解して」


 少し間を置く。


「同じ系統の結界術式で、支えに入ってくれたんです」


 アルトが息を吐く。


「結界の補助か……」


「はい」


 レオンは頷いた。


「《聖城結界グラン・フォートレス》の簡易展開式を、局所的に展開して」


「崩壊していた空間の歪みを、一時的に“押さえ込んでくれた”」


 ベルクが静かに補足する。


「完全展開は無理じゃったからの」


「最低限、人が通れるだけの安定領域を作っただけじゃ」


 レオンは即座に首を振った。


「それがどれだけ助かったか分かってないです」


「俺一人じゃ絶対無理だった」


 湯の音が静かに響く。


 レオンの声は、

 少しだけ熱を帯びていた。


「結界って、ただ張るだけじゃないんです」


「環境そのものを支えるものだから」


「暴走した空間でそれを維持するのは、本当に難しい」


 カイは静かに聞いている。


 レオンは続けた。


「ベルクさんは、慣れてました」


「焦ってる様子もなくて」


「むしろ状況を整理しながら、必要な部分だけ正確に補強していく」


「それ見て、すごいって思いました」


 アルトがぽつりと呟く。


「尊敬してるんだな」


 レオンは少しだけ笑った。


「あぁ…命の恩人だと思ってる」


 即答だった。


「結界術って、正直あまりにも繊細で」


「力だけじゃどうにもならない」


「でもベルクさんは、それを“戦場で使える形”にしていた」


 ベルクは少し目を細める。


「過大評価じゃよ」


「違います」


 レオンはすぐに否定した。


「現場にいたから分かります」


「俺の未熟な結界を、ちゃんと“生かす形”に繋げてくれた」


 少しだけ間を置く。


「だから、助かったんです」


 山の夜風が吹く。


 湯気がゆっくり流れる。


 レオンは静かに続けた。


「その後、俺が崩落壁を破って出口を作って」


「ベルクさんの結界補助で、最後の通路が維持されて」


「全員外に出せた」


 カイは小さく息を吐く。


 アルトも黙っている。


 ベルクは、

 少しだけ困ったように笑った。


「ワシはただの後片付けじゃよ」


 レオンは首を振る。


「……あれがなかったら、誰も助かってません」


 その言葉には、

 揺らぎがなかった。


 レオンは湯へ視線を落とす。


「だから金章は、俺一人のものじゃないと思ってます」


 静かな声だった。


「現場にいた全員の結果です」


 ベルクがふっと笑う。


「お主らしい考え方じゃな」


 レオンは少しだけ照れたように笑った。


「……そういうの、慣れないんですけどね」

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