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第114話 山道と風狼


 ガルドの工房を出てから、

 街道の景色は少しずつ変わっていった。


 平原は減り、

 代わりに山の緑が増えていく。


 道も緩やかな登り坂になっていた。


 左右には深い森。


 背の高い針葉樹が並び、

 枝葉の隙間から木漏れ日が揺れている。


 風は少し冷たい。


 山の空気だった。


 湿った土の匂い。


 苔の匂い。


 遠くから流れてくる水音。


 時折、

 鳥の鳴き声が静かな森へ響く。


 街道脇には小さな花も咲いていた。


 白い花。


 淡い青の花。


 岩陰に群生している。


 山道なのに、

 どこか綺麗だった。


「空気違う」


 カイがぽつりと呟く。


 レオンが頷く。


「もう山入り始めてるからな」


「温泉街もこの先だ」


 街道は途中から細くなり、

 時々大きな岩が転がっていた。


 木の根も地面から盛り上がっている。


 普通なら少し歩きにくい道だ。


 だが。


整地グランド


 カイがぼそりと呟く。


 足元の地面が自然に均され、

 小石が脇へ流れる。


 段差が減り、

 道が滑らかになった。


 アルトがもう止める気も無さそうに言う。


「……また街道改修してる」


「歩きやすい方がいい」


「まあそれはそう」


 リナまで慣れてきていた。


 そのまま進んでいくと、

 山道の途中に小さな渓流が見えてくる。


 透明な水だった。


 岩にぶつかりながら流れる水が、

 白い飛沫を上げている。


 陽光を反射して、

 水面がきらきら光っていた。


 橋代わりに丸太が渡されている。


 ティアが少し目を輝かせる。


「綺麗……!」


 カイも静かに水を見る。


 冷たそうだった。


 風が渓流を抜け、

 涼しい空気が流れてくる。


 その時だった。


 ――ガサッ。


 森の奥で音が鳴る。


 全員の空気が少し変わった。


 レオンが歩みを止める。


 アルトの護衛も手を武器へ伸ばした。


 数秒後。


 森の奥から現れたのは、

 三体の狼型モンスターだった。


 普通の狼より一回り大きい。


 灰色の毛並み。


 鋭い牙。


 そして足元に風が纏わりついている。


風狼ウィンドウルフか」


 レオンが低く言う。


「山道じゃたまに出るな」


 ティアが少し緊張する。


 だが狼達は、

 こちらを威嚇しながら様子を窺っていた。


 すぐ襲う感じではない。


 カイは少し首を傾げる。


「……風使うんだ」


「そこ?」


 リナが突っ込む。


 次の瞬間。


 一体が地面を蹴った。


 風を纏って一気に距離を詰める。


 速い。


 だが。


微風ソフト・エア


 カイが静かに呟いた瞬間、

 狼の身体を包む風の流れが崩れた。


「……え?」


 レオンが目を丸くする。


 狼は着地を乱し、

 地面へ滑る。


 カイはじっと風の流れを見ていた。


「風圧偏ってる」


「右足負担大きい」


 狼はすぐ立て直す。


 だが今度は、

 レオンが前へ出た。


「ほらよっ!」


 剣が一閃。


 鋭い風切り音。


 狼は弾き飛ばされ、

 残り二体も距離を取る。


 アルトの護衛達も前へ出ようとしたが、

 もう遅かった。


 狼達は危険を察したのか、

 低く唸りながら森へ下がっていく。


 やがて木々の奥へ消えた。


 静寂が戻る。


 渓流の音だけが聞こえていた。


 ティアがほっと息を吐く。


「びっくりしたぁ……」


 レオンは剣を肩へ担ぎながら笑った。


「まあこの辺じゃ珍しくない」


 だがアルトは、

 少し怪訝そうにカイを見ていた。


「……お前」


「風の流れ崩したのか?」


「ん」


「そんなことできるのか普通」


 カイは少し考える。


「風だから」


「分からん」


「だろうな」


 アルトはもう諦めた顔だった。


 そのまま再び歩き始める。


 山道はさらに奥へ続いていた。


 遠くからは、

 微かに硫黄っぽい匂いも流れてきている。


 温泉街は、

 もう少し先らしかった。

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