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第113話 再出発


 翌朝。


 工房の朝は早かった。


 まだ空が薄青い時間から、

 奥ではもう金属音が響いている。


 カン、カン、と乾いた音。


 蒸気導管の低い駆動音。


 時々聞こえるガルドの怒鳴り声。


「だから湿度制御を先に見ろっつってんだろ!!」


「はいぃ!!」


 工房の外へ出ると、

 朝の空気は少し冷えていた。


 山側から吹く風が涼しい。


 草にはまだ朝露が残っていて、

 朝日に照らされた雫が細かく光っている。


 工房横の水車も静かに回っていた。


 水路を流れる澄んだ水が、

 朝の光を反射してきらきら揺れる。


 カイは少しだけ立ち止まり、

 工房を見上げた。


 石と木で組まれた無骨な建物。


 壁を走る導管。


 屋根の蒸気抜き。


 外壁の風流調整板。


 見れば見るほど、

 ちゃんと“住みやすさ”を考えて作られているのが分かる。


 嫌いじゃなかった。


「おう坊主!」


 ガルドが工房扉から出てくる。


 片手には工具袋。


 もう作業着姿だった。


「もう行くのか」


「温泉街向かう」


 カイが答える。


 ガルドは「だろうな」と笑った。


「街道この先は山風強くなる」


「昼と夜で温度差も出る」


「無理に飛ばすなよ」


「ん」


 ガルドはそのまま、

 棚から細長い革袋を持ってくる。


「ほれ」


 中には小型生活魔導具がいくつか入っていた。


 携帯保温具。


 簡易乾燥板。


 温度維持水筒。


 全部少し無骨だが頑丈そうだった。


 リナが目を丸くする。


「え、こんなに?」


「試作品だ」


 ガルドが当然みたいに言う。


「使った感想寄越せ」


「実地確認が一番大事だからな」


 レオンが笑った。


「相変わらずだな」


 ガルドは鼻を鳴らす。


「机上だけで分かることなんざ限界ある」


 そして。


 ガルドは少しだけ真面目な顔でカイを見る。


「坊主」


「また来い」


 短い言葉だった。


 でも本気だった。


「次はもっと面白ぇ話できそうだ」


 カイは少しだけ目を瞬かせ――静かに頷く。


「……うん」


「また来る」


 その返事に、

 ガルドは満足そうに笑った。


「よし」


「次までにもっと快適なモン作っといてやる」


 弟子達も奥から顔を出してくる。


「気をつけてくださいねー!」


「温泉街いいなぁ……」


「土産話お願いします!」


 ティアが手を振り返した。


「はい!」


 アルトは少し呆れた顔になる。


「一晩で馴染みすぎだろお前ら……」


 ベルクは楽しそうに笑っていた。


「カイとガルドは気が合うからの」


 再び街道へ出る。


 朝の風が頬を撫でた。


 工房周辺は少し開けていて、

 遠くには山並みが見えている。


 街道はそこへ向かって緩やかに続いていた。


 空は高い。


 白い雲がゆっくり流れている。


 歩き出すと、

 背後からガルドの声が飛んできた。


「坊主ォ!!」


 カイが振り返る。


乾燥ドライの改良案考えとけよ!!」


 レオンが吹き出した。


「まだやる気かよ!」


 カイは少し考えてから答える。


「……湿度分離効率ならもう少し上げられるかも」


「やっぱ同類じゃねぇか!!」


 朝の街道に笑い声が響いた。


 そのまま一行は、

 温泉街へ向かって再び歩き始める。


 山の空気は少しずつ近づいていた。

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