表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
114/149

第112話 工房の夜


「やっぱお前最高だな!?」


 ガルドの大声が工房中へ響く。


 弟子達がまた「始まった……」みたいな顔をしていた。


 だが当のガルドは止まらない。


「ほら見ろ!」


「ここなんだよ!」


 作業台へ羊皮紙を広げながら、

 ガルドは熱弁を始める。


 机の上には細かな術式図。


 風流制御線。


 熱循環経路。


 湿気排出口。


 何度も書き直した跡があり、

 紙の端は少し擦り切れていた。


 その横では、

 分解途中の生活魔導具が並んでいる。


 真鍮色の細い導管。


 透明な魔石結晶。


 羽根付き小型送風器。


 銀線を編み込んだ術式板。


 全部が細かい。


 全部が実用品だ。


 ガルドは試作型乾燥機を持ち上げる。


 銀色の筒状魔導具だった。


 表面には細かな放熱孔。


 持ち手部分は黒革で巻かれ、

 長時間持っても熱くなりにくいよう工夫されている。


 側面には小型魔石。


 さらに温度調整用の小さな回転ダイヤル。


 内部には三層構造の術式板が埋め込まれていた。


 風制御。


 熱制御。


 湿度排出。


 それぞれ別系統で動いている。


「試作型携帯乾燥機だ」


 ガルドが言う。


「旅先用」


「だがまだ乾燥ムラが出る」


 カイは静かにそれを受け取った。


 そして。


解析アナライズ


 ぼそり、と。


 淡い青白い魔力が、

 カイの指先から魔導具へ流れる。


 次の瞬間。


 術式構造が頭の中へ流れ込んできた。


 空気流。


 熱循環。


 魔力圧。


 湿度排出経路。


 内部導管の抵抗値。


 術式同士の干渉。


 複雑な情報が、

 立体的に組み上がっていく。


 カイの視界には、

 魔導具内部の流れが半透明みたいに見えていた。


 どこで風がぶつかるか。


 どこで熱が偏るか。


 どこで湿気が滞留するか。


 全部見える。


 弟子達が目を丸くした。


「解析魔法……?」


「しかも速っ……!?」


 普通、

 魔導具解析は時間がかかる。


 術式を一層ずつ読む必要があるからだ。


 だがカイは違った。


 まるで最初から構造を知っているみたいに、

 一瞬で流れを把握していく。


 カイは内部術式を見ながら静かに呟く。


「……ここ流れぶつかってる」


 細い術式線を指差した。


「風向き逆」


「あと熱少し強い」


 ガルドの目が細くなる。


「どこだ」


 カイは自然に内部術式を追っていく。


「ここ熱先行しすぎ」


「空気逃げる前に乾燥始まる」


「湿気戻る」


 弟子達がぽかんと口を開けていた。


「え、見ただけで分かるの……?」


「師匠と同じこと言ってる……」


 ガルドだけが楽しそうだった。


「ははっ!!」


「やっぱ最高だなお前!!」


 レオンは椅子に座りながら笑っている。


「もう完全に研究会だろこれ」


 アルトは頭を押さえていた。


「会話内容の半分しか分からん……」


 工房の中は暖かかった。


 魔導炉の熱が床下導管を流れ、

 空間全体へ均等に回っている。


 だから火を使っていても息苦しくない。


 天井近くには空気循環用の細い羽根車。


 ゆっくり静かに回り、

 熱気を散らしていた。


 時々、

 蒸気導管から白い湯気が細く漏れる。


 その度に金属の熱い匂いと、

 少し湿った木の香りが混ざった。


 工房奥では弟子達が作業を続けている。


 小型ハンマーの乾いた音。


 金属を削る細かな音。


 魔石研磨の擦れる音。


 カチ、カチ、と歯車調整音まで聞こえた。


 騒がしい。


 だが不思議と落ち着く。


 その時だった。


 ぐぅ……。


 静かな音が響く。


 数秒沈黙。


 リナが吹き出した。


「カイ?」


「……お腹空いた」


 ガルドが豪快に笑った。


「はははッ!」


「そりゃそうだ!」


「今日は泊まってけ!」


「飯も出す!」


 弟子達が慣れた様子で動き始める。


「鍋追加ー!」


「パンまだ焼けます!」


「干し肉切っときます!」


 工房の奥には居住区も繋がっていた。


 木造の広間。


 太い梁。


 壁には暖色の魔導灯。


 淡い橙色の光が、

 室内を柔らかく照らしている。


 長机には細かな傷跡。


 何年も使われてきたのが分かる。


 棚には陶器の皿や木製カップが綺麗に並べられていた。


 しかも生活感がある。


 誰かがちゃんと暮らしている空間だった。


 カイはその空気を静かに見回す。


 研究施設とは全然違う。


 無機質じゃない。


 温かい。


 しばらくすると、

 工房中へ食事の匂いが広がり始めた。


 肉と香草を煮込む匂い。


 焼きたてパンの香ばしさ。


 炒め野菜の甘い香り。


 ぐつぐつ煮える音まで聞こえてくる。


 窓の外を見ると、

 空はゆっくり夕暮れ色へ変わっていた。


 橙色。


 赤紫。


 遠くの山並みが薄く霞み、

 木々の影が長く伸びている。


 街道を歩く旅人の姿も減り、

 代わりに虫の声が聞こえ始めていた。


 風が少し冷たくなる。


 でも工房の中は暖かい。


 カイはその空気の中で、

 少しだけ目を細めた。


 ――こういう場所も、悪くない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ