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第110話 生活魔導具職人ガルド


「――お前」


 ガルドの目が細くなる。


 鋭い視線だった。


 まるで職人が珍しい素材を見る時の目。


 だが敵意ではない。


 観察だった。


 カイも静かにガルドを見返していた。


 工房の周囲に流れる風。


 屋根の熱逃がし導管。


 水車から回る魔力循環。


 全部が妙に整理されている。


 ただ雑多に置かれている訳じゃない。


 ちゃんと“快適にする理由”がある配置だった。


「……風回してる」


 カイがぽつりと呟く。


 その瞬間。


 ガルドの眉がぴくりと動いた。


「ほぉ?」


 レオンがニヤッと笑う。


「始まったな」


 ガルドは腕を組みながらカイを見る。


「分かるのか坊主」


「熱こもらないようにしてる」


「湿気も逃がしてる」


「……」


 弟子達が固まった。


 ガルドは数秒黙り――


 次の瞬間、

 ニヤァッと笑った。


「いい目してんなぁ坊主!!」


 豪快な声が工房前に響く。


 ティアが少し肩を跳ねさせた。


 ガルドはズカズカ近づいてくる。


「ただ魔力見えてるだけじゃねぇな」


「空気流と熱循環まで見てやがる」


「なんとなく」


「なんとなくで分かるもんじゃねぇ!」


 レオンはもう笑っている。


 ベルクも楽しそうだった。


「相性抜群じゃの」


 アルトだけが嫌そうな顔をする。


「始まった……」


 ガルドはカイの周囲をぐるりと見回した。


 まるで珍しい魔導具でも見るみたいに。


「坊主、名前は」


「カイ」


「ほぉ」


 ガルドは顎髭を撫でながら頷く。


「で、どこまで分かる」


 カイは少し考え――工房横の水車を見る。


「水流ちょっと弱い」


「右側抵抗ある」


「あと導管一個詰まり気味」


 沈黙。


 弟子達がゆっくり振り返る。


 ガルドも無言で導管を見る。


 そして。


「……おい」


「確認してこい」


「えっ!? は、はい!」


 弟子が慌てて走っていく。


 数十秒後。


「し、師匠!!」


「枯れ葉詰まってました!!」


 ガルドが吹き出した。


「はははははッ!!」


 豪快な笑い声が響く。


「最高だなお前!!」


 カイは少し首を傾げる。


「そう?」


「そうだよ!」


 ガルドはバンバン肩を叩こうとして、

 レオンに止められた。


「待て待て力加減!」


「おっと」


 だがガルドはもう完全に上機嫌だった。


「入れ!」


「茶出す!」


「今日は泊まってけ!!」


 弟子達がざわつく。


「師匠が初対面相手に泊めるの初めて見た……」


「しかもめちゃくちゃ楽しそう……」


 アルトが遠い目をする。


「類友か……」


 工房の中へ入ると、

 さらに凄かった。


 まず暖かい。


 外は春の風だったが、

 工房内は程よい温度で保たれている。


 熱い訳じゃない。


 けれど冷えもしない。


 空気が妙に快適だった。


 木と金属の匂い。


 少しだけ油の香り。


 奥では魔導炉の低い駆動音が響いている。


 カチ、カチ、と小さな歯車音も聞こえた。


 壁一面には工具が整然と並んでいた。


 銀色の魔力刻印用ペン。


 細い調整針。


 小型導管。


 透明な魔石瓶。


 普通の工房より、

 明らかに繊細な工具が多い。


 棚には大量の生活魔導具が置かれていた。


 銅色の丸い湯沸かし器。


 側面に青い術式線が走っている。


 下部の魔石が淡く光り、

 中の水を一定温度に保つ仕組みらしい。


 隣には木製の保存箱。


 だが内側には銀色の薄い術式板が貼られ、

 蓋を閉じると冷気が循環する。


 さらに奥。


 手のひらサイズの乾燥装置。


 小型の羽根が内蔵され、

 温風と湿度制御を同時に行うらしい。


 机の上には、

 靴底洗浄用の細長い器具まであった。


「……便利そう」


 カイがぽつりと呟く。


 その瞬間。


 ガルドが満面の笑みになった。


「分かるか坊主!!」


「そこなんだよ!!」


 レオンが腹を抱える。


「もう駄目だこれ!」


 ガルドは棚から次々と道具を持ってくる。


「見ろこれ!」


「携帯洗浄器!」


「少量の水で衣類洗浄できる!」


「こっちは湿度調整付き保存袋!」


「パンが固くなりにくい!」


「これ最高傑作!」


 出てきたのは、

 金属と木を組み合わせた小型箱だった。


 丸い通気口。


 細かな導管。


 内側には何重もの術式刻印。


「携帯空調箱だ!!」


「内部温度と湿度一定維持できる!!」


 リナが呆れる。


「生活力に全振りしすぎでしょ……」


「そこがいいんだろうが!!」


 ガルドが真顔で返した。


 だがカイは、

 本当に興味深そうに見ていた。


 便利にする。


 快適にする。


 そのためだけに工夫されている。


 戦うためじゃない。


 誰かが少し楽に過ごすための道具。


 それが、

 なんだか少し好きだった。

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