第103話 出発前日と、王都の市場
翌日。
温泉街行きの準備は、思っていたより静かに進んでいた。
研究院側も、
もう無理に何かへ参加させようとはしてこない。
必要最低限の護衛申請。
街道通行許可。
宿の手配。
それだけだ。
「逆に怖いくらい平和ね……」
リナがそう呟くと、エルミナは書類を整理しながら苦笑した。
「副学院長がかなり抑えてくださっていますから」
「“刺激しないこと”が最優先になってます」
「完全に扱いが災害なのよ」
「否定しづらいのが困るんです……」
一方で。
カイは宿舎の窓際に立ち、外を見ていた。
王都の朝は賑やかだ。
荷馬車。
商人。
魔導列車の音。
市場の呼び声。
人が動いている音が街全体から聞こえる。
知らない景色だった。
でも嫌ではない。
少し騒がしいけれど、
生きている感じがした。
「カイ」
レオンが後ろから声をかける。
「あとで街道用の買い出し付き合え」
「買い出し?」
「ああ。歩くなら荷物も要る」
「水筒とか保存食とか色々な」
その言葉に、カイは少し考える。
「……持ち運びしやすい方がいい」
「ガルドも同じこと言うわ」
レオンが笑った。
「軽量化だの温度保持だの、あいつ妙な拘りあるからな」
ベルクも資料を読みながら口を開く。
「昔、“旅先で快適に休める環境こそ重要”とか本気で研究しとったからの」
「戦闘用研究班と大喧嘩しておった」
ティアが少し驚く。
「そんなことで喧嘩になるんですか?」
「研究院は基本みんな面倒くさいぞ」
レオンが即答した。
リナが頷く。
「それは何となく分かる」
その後。
カイたちは王都の市場区画へ出た。
昨日より少し気楽な外出だった。
研究員の視線も少ない。
護衛も最低限。
それだけで空気がかなり違う。
「うわ、すご……」
ティアが辺りを見回す。
露店が並び、
果物の匂いと焼き菓子の甘い香りが混ざっている。
魔導灯の部品。
旅用品。
布地。
装飾品。
色々な物が並んでいた。
カイも静かに周囲を見ている。
珍しい物を見るというより、
“人が普通に生活している景色”を見ている感じだった。
店先で笑う夫婦。
走っていく子供。
値切り交渉している旅人。
そういうものが少し新鮮だった。
「ん?」
その時。
カイが足を止めた。
石畳の一部が少し崩れている。
人が躓きそうな段差だった。
数秒見つめて――
カイは軽く屈む。
「修復」
小さく呟き、石畳を軽く叩く。
――コツ。
次の瞬間。
歪んでいた石が静かに持ち上がり、
周囲とぴたり揃った。
ひび割れまで綺麗に消えている。
通りすがりの商人が目を丸くした。
「お、おお……?」
リナが頭を抱える。
「ほら始まった……!」
「段差あった」
「分かるけど!」
エルミナも額を押さえる。
「普通“修復”で石畳全体を再構成しません……」
「そうなの?」
「そうなんです!」
だがカイは気にしていない。
歩きづらそうだったから直した。
それだけだった。
ベルクは苦笑しながらも止めない。
「まあ、この程度なら平和な方じゃ」
「基準がおかしいのよ……」
レオンは笑っていた。
「でも確かに歩きやすくなったな」




