第102話 出発前の王都
温泉街行きは、その日のうちに正式決定した。
出発は翌々日。
王都外縁までは距離もあるため、研究院側で最低限の手続きだけ済ませるらしい。
「思ったより話が早いね」
リナが呆れたように言うと、ベルクは苦笑した。
「上層部としては、“外で機嫌良く過ごしてくれるなら歓迎”ということじゃろうな」
「扱いが完全に危険生物なのよ」
「否定できん」
レオンが普通に頷く。
その横で、カイは窓の外を見ていた。
夕暮れの王都。
石畳を歩く人々。
赤く染まる魔導塔。
行商人の声。
知らない景色ばかりだった。
前世では、どこかへ出かける予定を立てること自体がほとんど無かった。
だから今。
“次はどこへ行こうか”という話をしていることが、少し不思議だった。
「温泉街まで歩くなら、途中で寄り道もできるぞ」
レオンが言う。
「街道沿いに市場もあるし、古い水路跡もある」
「あと橋の景色が結構いい」
カイは静かに聞いていた。
「……見てみたい」
「気に入ると思うぜ」
ベルクも頷く。
「王都の外は、また空気が違うからの」
その時。
レオンが思い出したように口を開いた。
「あー、そういや途中にガルドの工房あるな」
ベルクが少し笑う。
「まだあそこに籠もっておるのか」
「誰ですか?」
ティアが首を傾げる。
レオンは苦笑した。
「変人職人」
「生活魔導具に人生賭けてる魔導具師だ」
リナが嫌な予感をした顔になる。
「……カイと絶対相性いいじゃない」
「俺もそう思う」
レオンは即答した。
ベルクも腕を組みながら頷く。
「元は研究院所属だったんじゃがな」
「“戦闘用より生活改善の方が人を救う”とか言って飛び出していった」
「変人ですねぇ……」
エルミナが少し遠い目をする。
「研究院でも有名でしたよ」
「妙な方向で天才だったので」
レオンが笑う。
「水温を一定にする浴槽とか、湿度調整付き保存箱とか、無駄に便利な物ばっか作ってる」
その瞬間。
カイの視線が少し動いた。
「……便利?」
「お、食いついた」
「お前絶対好きだぞ」
カイは少し考える。
「便利なのは大事」
「生活しやすい方がいい」
ベルクが吹き出した。
「ほれ見い、もう波長が合っとる」
リナは額を押さえた。
「快適性談義で盛り上がる未来しか見えないんだけど……」
「多分朝まで語れるぞあいつら」
レオンが笑う。
ティアは少し楽しそうだった。
「でも、なんだか面白そうです!」
窓の外では、夕陽がゆっくり王都を染めていく。
昼間の賑わいが少し落ち着き始め、
街に柔らかな色が広がっていた。
カイはその景色を静かに見つめる。
歩いて。
見て。
知らない場所へ行く。
ただそれだけのことが、
今は少し楽しみだった。




