第100話 王都の外と、初めて聞く温泉の話
「学院上層部全員、“出すな”で一致したのかよ!」
レオンはまだ笑っていた。
研究員たちも複雑そうな顔をしている。
「普通なら取り合いですよ……」
「歴史的発見級なのに……」
ラウフェンは疲れた顔で椅子へ座った。
「だから慎重になるんだ」
「刺激して何か起きたら、誰も責任を取れん」
エルミナも静かに頷く。
「今の上層部は、“管理”より“保護”を優先しています」
リナが苦笑した。
「保護対象が国家最重要案件なの、だいぶおかしいけどね」
その時だった。
カイが窓の外を見ながらぽつりと言う。
「……王都って広い」
レオンが反応した。
「ん?」
「まだ全然見れてない」
その言葉に、レオンは少し笑う。
「まあな。王都は研究院と学院だけじゃねぇぞ」
「もっと色々ある」
カイが視線を向ける。
「色々?」
「ああ」
レオンは指を折り始めた。
「下町」
「職人工房通り」
「魔導市場」
「旧城壁区」
「あと王都外縁には温泉街もある」
「温泉?」
カイがぴたりと止まった。
レオンはその反応を見て少し驚く。
「なんだ、知らねぇのか?」
「……聞いたことはある」
「でも入ったことない」
数秒。
レオンが目を丸くした。
「は?」
リナも驚く。
「え、マジで?」
ティアは逆に興味津々だった。
「どんな所なんですか?」
レオンは少し笑う。
「簡単に言うと、でっかいお湯に入って休む場所だ」
「景色いい場所も多いし、疲れも取れる」
カイは静かに聞いていた。
「疲れ、取れる?」
「ああ」
「身体も温まるし、かなり楽になるぞ」
その瞬間。
カイの目が少しだけ動いた。
レオンはそこで気付く。
(あ、これ興味持ったな)
リナも察した。
「分かりやす……」
カイは少し考える。
「静か?」
「場所によるな」
「王都外れの方はかなり落ち着いてる」
「露天風呂とかあるし」
「ろてん?」
「外の景色見ながら入る風呂だよ」
ティアが目を輝かせる。
「素敵です……!」
エルミナも少し表情を和らげた。
「確かに、王都温泉街は有名ですね」
「療養目的で来る方も多いです」
その言葉に。
カイが少しだけ黙る。
療養。
その響きが、どこか前世を掠めた。
ベッドの上。
白い天井。
動けなかった身体。
窓の外を眺めるだけだった日々。
行ってみたい場所は沢山あった。
でも、行けなかった。
だから今。
“自分で歩いて行ける”というだけで、価値がある。
カイは静かに呟いた。
「……行ってみたい」
その声は小さかった。
でも確かに、“興味”が混ざっていた。
レオンは少し笑う。
「気に入ると思うぞ」
「飯もうまいしな」
「大事」
即答だった。
リナが吹き出す。
「結局そこなのね」
だがレオンは、少しだけ真面目な顔になる。
「いや、でもお前には合ってるかもな」
「王都の外れだから静かだし」
「研究院みたいに、四六時中観察されねぇ」
カイは少しだけ考える。
確かに王都へ来てから、
色んな人に見られていた。
測定されて。
驚かれて。
警戒されて。
でも本当は。
ただ歩いてみたかっただけだ。
知らない場所を。
知らない景色を。
自分の足で。
「……うん」
短く頷く。
ティアが嬉しそうに笑った。
「楽しみですね、カイ様!」
その時。
食堂の扉が開いた。
「やれやれ、やっと終わったわい」
聞き慣れた声だった。
ベルクが肩を回しながら入ってくる。
リナが少し驚く。
「あ、ベルクさん戻ってたんだ」
「うむ。副学院長やら研究院上層部やらに捕まっとった」
ベルクは深いため息を吐いた。
「年寄りを長時間働かせおって……」
レオンが笑う。
「でも楽しそうじゃねぇか」
「面白い案件ではあるからの」
ベルクはそう言ってから、カイたちを見る。
「んで?」
「何を話しとったんじゃ」
レオンがニヤリとした。
「温泉街」
その瞬間。
ベルクの眉が少し上がる。
「ほう」
そしてカイを見る。
「興味持ったか?」
カイは素直に頷いた。
「行ってみたい」
ベルクは少しだけ意外そうに目を細めたあと、ふっと笑った。
「それは良い」
「お主、ずっと張り詰めた場所ばかりじゃったからな」
その言葉に、カイは少しだけ黙る。
ベルクは気付いていた。
カイは王都へ来てからずっと、
“見られる側”だったことを。
観察され。
測られ。
理解されようとしていた。
だからこそ。
ただ休める場所は必要だと思った。
「温泉街なら、少しは肩の力も抜けるじゃろう」
ベルクは静かにそう言った。




