不安な奇跡
——白い、天井。消毒薬の、匂い。
意識が、ゆっくりと、浮上する。
「……!」
はっと、目を開けた。反射的に起き上がろうとして、私は顔を歪める。
「うっ……!」
視線を、落とす。厳重に包帯で固定された、右脚。
「……脚……?」
ズキリ、と痛みが走り、呼吸が浅くなる。
——そのとき。何かを、思い出したように。私は、目を見開いた。
「……アメリ……!」
声を、張り上げる。
「アメリは!? アメリは、どこ!?」
——傍らに、乳母車の、影。その横に立つ、男の、足元。
「大丈夫だよ」
男の、声。
「アメリは。——ここにいる」
私は、ゆっくりと、顔を向けた。
「……え?」
視界が、定まる。そこに立っていたのは——見慣れた、姿だった。
ニッキー。
確かに、そこに、いる。
「……ニッキー……?」
かすれた声に、彼は、静かに微笑んだ。
「休暇が、取れた。——君を、迎えに来た」
膝をついて、そっと、私の額に、額を合わせる。
「……君たちが、無事で。本当に、よかった」
◇ ◇ ◇
——けれど。私は、動けなかった。
表情が、動かない。
「ガブリエル……?」ニッキーが、戸惑う。
「……私」私は、ぽつりと言った。「死んだんだわ」
「……何を、言って——」
「炎に、包まれて……あのまま……」
「だから、これは、夢なの」
自分でも、混乱していた。
「あれ? でも……死んだら……夢、なんて……」
「現実だ!」
ニッキーが、声を強めた。私の手を、強く、握る。
「僕が、来た。助けた。——ここに、いる」
伝わってくる、手の、体温。
(……確かに。ニッキーの、手)
それでも、私の体は、震えていた。
「あ……あ……」
(……わからない。一体、何が、起こっているの)
そのとき、扉が開いて、エドリックが入ってきた。
「工場の完成と、中将への面談を理由に、無理を通した。——短いが、正式な休暇だ」
「……現……実?」
◇ ◇ ◇
——時間が、経って。
ニッキーが、アメリを抱いていた。
「……君が、アメリか」ぎこちない手つきで、あやす。「はじめまして。僕は——」
少し、照れて。
「……君の、パパだ」
その様子を、私は見つめていた。——まだ、少しだけ、距離を置いて。
「……まだ、僕を、夢だと思ってる?」ニッキーが、寂しそうに言う。
「違うの……」私は、首を振った。
「ホッとするのが……怖いの」
「……」
「脚は、動かないし……それに……全部が、終わった気が、しなくて」
ニッキーが、静かに、私を抱きしめた。
「……でも。君は、生きている」
私は、そっと、彼の首に手を回した。
「ごめん……ありがとう」
「それより」ニッキーが、優しく言った。「——初めての、父と娘の時間だ」
「うん」私は、微笑んだ。「たくさん、抱いてあげて」
——誰よりも、望んでいたはずの光景を前にしながら。
私の胸は。拭いきれない不安の鼓動を、確かに、刻んでいた。




