生への渇望
——ゴホッ、ゴホッ。
黒煙が、低く垂れ込める。瓦礫と炎の中で、私は激しく咳き込んだ。
足元を見る。押し潰された、右脚。熱で、空気がゆらいでいる。
「うう……熱い……」
梁を、見つめる。
「……脚が……抜けないっ……!」
私は、両手を、鉄骨にかけた。
「……っ……!」
ぐっ、と息を吸い込んで。
「う〜〜〜〜〜っ!!」
爪を立て、全身で持ち上げようとする。筋が浮き、汗と煤が、混じり合う。
「ああああああああっ!!」
——だが。
梁は、びくとも、しなかった。
「はっ……はっ……」
がくん、と力が抜けて、私は上体を崩した。
(……やっぱり、ダメ……)
右脚をかばうように、両腕を回す。震える呼吸。
——身体は、もう。悲鳴を、上げ切っていた。
炎がじりじりと近づき、床板が、焦げていく。ジジ……、と嫌な音。
視線を、上げる。前方は、黒煙で真っ黒だ。何も、見えない。
——さらに、上へ。
崩れた天井の、わずかな隙間から。青い空が、覗いていた。
私の瞳に、その青が、映って、揺れる。
(……空は。こんなに、綺麗なのに……)
目尻に溜まった涙が、ぽた、と、灰の上に落ちた。
◇ ◇ ◇
視界が、ゆらぎ。音が、遠のいていく。
(……意識が、ゆっくりと、薄くなっていく)
——ブレンナールの工場。ナタリーが、パージが、ミシェルが、笑っている。
——カートライト百貨店の、華やかなフロア。
(……みんな……)
——革命博物館。肩を並べた、ニッキーの横顔。
『君となら、何度でもやり直せる』
——赤ん坊の、泣き顔。
(……アメリ……)
——ごほっ、と。現実の咳が、肺を、焼く。
顔を歪め、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、私は絞り出した。
「嫌っ……」
——上等だ、なんて。もう、言えなかった。
「嫌っ! 嫌だ……!!」
「死にたくない……死にたくない、ようっ……!!」
——綺麗な言葉は。もう、一つも、出てこなかった。
「誰か……誰か、助けてっ……!!!」
返事は、ない。ただ、炎の轟きと、梁の軋む音だけ。
小さな爆発音がして、壁の一部が崩れ、火の粉が降ってくる。
腕で、顔を庇う。
(……誰も、来ない……)
瞼が、重くなる。視界が、暗く、滲んでいく。
(……このまま……眠れば……楽に……)
私の瞳が、半分、閉じた。
◇ ◇ ◇
——真っ暗な、闇。
炎の音、ゴォォォ……だけが、聞こえる。
(……ああ……私、もう……)
——その闇の中に。
遠くから、別の声が、届いた。
「——ジャッキを使え! 梁を上げろ!!」
(……え……?)
「急げ! ここが持ってるうちに、だ!!」
「了解!!」
(……声……? 幻聴……?)
みしり、と。梁が、わずかに鳴る。埃が、ぱらぱらと落ちてくる。
(……エドリック……?)
「いいか、合図したら、一気に持ち上げるぞ! ——せーの!」
梁が、ミリ単位で浮いて——また、落ちた。
「っ……!」
わずかに反応する私の耳に、その声が、届く。
「ガブリエル! ガブリエル、聞こえるか!!」
(……だれ……?)
もう一度、叫ぶ声。
「ガブリエル!!」
——その声を、私は、知っている気がした。
重い瞼を、なんとか開けようとする。ぼやけた視界に、炎の赤と、人影が、混ざり合って揺れる。
逆光の中に、立つ——“誰か”の、影。
(……まさか……)
——だが。その“誰”なのかを、確かめる前に。
私の意識は、もう一度、深い、深い闇へと、沈んでいった。




