あの日、火の中で
——工場、縫製区画。
「力の入れすぎだよ。女の体と、おんなじだ。——優しく、触りな!」
ロザリーが、兵士に、肩章の縫い方を実演している。
「は、はい!」
廊下で、私は、アメリを抱いて歩いていた。
「現場を、見てくるわ。エドリック」
「迷わないように。——工場は、広いからね」
縫製フロアに入ると、ロザリーが顔を上げた。
「ロザリー、順調?」
「見りゃ、分かるさ」ロザリーが、にっと笑う。「この子ら、飲み込みが早いんだ」
働く人々の活気。あちこちで、笑い声が上がっている。
——その、足元で。
机の下の暗がりで、赤い光が、チッ……チッ……と点滅していたことを。私は、知らなかった。
「頼もしいわね。——本当に」
私は、微笑んだ。
——その、瞬間。
ドンッ……!!!
耳を劈く轟音。目の前が、真っ白に弾けた。
壁が、剥がれて、飛ぶ。
——工場のあちこちに、巧妙に仕掛けられていたそれは。まるで連鎖するように、次々と炸裂した。
工場全体が、大きく揺れる。天井から、鉄骨が降ってきた。
「うわあああ——!!」
兵士たちの、悲鳴。
「アッ……!!」
私はとっさに、アメリを、胸の下に庇い込んだ。そのまま、爆風に——吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
少し離れたところで、ロザリーも、地面に叩きつけられた。
◇ ◇ ◇
——中将室も、激しく揺れた。
「な……爆発!? 現場かッ!」
「ガブリエル!!」
エドリックが、血相を変えて駆け出した。だが、部屋の外の通路は、崩落し、瓦礫で塞がれていた。
「大佐殿! この先は、落盤です!!」
「くそ……別ルートは!?」
◇ ◇ ◇
——工場の、中。
崩れ落ちてきた巨大な鉄骨が、私の右足を、完全に押し潰していた。
「——ッ!!」
「あ……脚が……抜けないっ……!」
「だめだ!」駆け寄ったロザリーが、鉄骨に手をかける。「びくとも、しない……!」
炎が、じりじりと、迫ってくる。
私は、腕の中のアメリを、きつく抱きしめた。
——この子だけは。
「ロザリー……お願い……」
震える声で、私は言った。
「アメリを……連れて、行って……」
「ふざけるんじゃないよ!」ロザリーが叫ぶ。「あんたも、一緒に——!」
「動けないの……!」涙が、あふれる。「このままじゃ……アメリが……死ぬの……!」
「嫌だよ……そんなの……ッ!」
ロザリーが、歯を食いしばる。その目にも、涙が滲んでいた。
「お願い」私は、彼女の目をまっすぐに見た。「この子を、守って……あなたしか、いないの……!」
「——姉さん」
ロザリーの震える手が、私の腕から、そっと、アメリを抱き取った。
腕の中のあたたかさが——離れていく。
アメリが、弱く、泣いた。
「……すぐに、戻ってくる。待ってな」
「うん。——アメリを、お願い」
天井が、また崩れる。炎が、すぐそこまで迫っていた。
ロザリーが、アメリを抱いて、走り出す。
——その背中を、私は、精一杯の笑顔で、見送った。
◇ ◇ ◇
崩れた通路の前で、エドリックが怒鳴っていた。
「突入班は、まだかっ!! ガブリエルが、中にいるんだ!!」
「火勢が、強すぎます!!」
◇ ◇ ◇
ロザリーは、アメリを胸に抱え、出口へと走った。
「お願いだよ……!! 誰か!! 手を貸して!!」
外へ転がり出ると、膝をつく。腕から、血が滴っていた。
「ガブリエル……耐えて……!」
そして、天を仰いで、絶叫した。
「誰かぁぁぁ——!! 助けてぇぇぇ——!!!」
◇ ◇ ◇
——工場の、奥。
私の意識は、ゆらゆらと揺らいでいた。
「……アメリ……ロザリー……」
炎が、足元まで迫っている。梁が、みしり、と軋んだ。
うつろな目で、私は、崩れた天井を見上げた。
「……ニッキー……」
そっと、目を瞑る。
(……随分、突然ね)
不思議と、恐怖は、なかった。
(……思えば、ここ最近は。幸せ、すぎたもの。——反動が、来たのね)
——ごうっ、と。
炎が、私を包み込もうと、その舌を伸ばしてくる。
その、寸前。
遠い意識の向こうで、ロザリーの絶叫が、聞こえた気がした。
——ガブリエルぅぅぅぅ……!!!




