狂気の連鎖
ベッドの上で、私は深く、息を吐いた。
「……よかった……」
病室の奥に、包帯姿の、ロザリーとエドリックが立っていた。
「ロザリー。あなたも……無事だったのね」
「まあね」ロザリーが、力なく笑う。「私は、頑丈に出来ていてね」
私は、腕の中のアメリを、そっと抱いた。
「アメリを、守ってくれたのね。——本当に、ありがとう」
「そりゃ」ロザリーが、アメリの頬を指でつつく。「お姫様に、怪我なんか、させられないよ」
「……すまなかった」エドリックが、深く頭を下げた。「軍の警備が、甘かった。——まさか、こんな場所にまで、ハイラントの工作員が、紛れ込んでいるとは」
「アルビオンのあちこちで、爆破事件が起きているらしいわね」私は、鋭く言った。
「ああ」エドリックが、苦しそうに頷く。「国内は、パニック状態だ。奴ら、どれだけの工作員を、アルビオンに送り込んだんだ……」
「……僕は」
拳を握りしめて、ニッキーが呟いた。その形相に、私は、はっとする。
「ハイラントが、許せない。——奴らのせいで、友を、失った」
「!」
「……でも。まさか、家族にまで、及ぶなんて」
憎しみに、歪む横顔。
「私も、アメリも、無事よ……」
私は、そっと、彼を気遣った。
——けれど、心の奥で。私は、考え込んでいた。
(確かに。この事件は、ハイラントの仕業なのだろう)
(……だけど。もし、私たちが“軍に関わらなければ”。——あの場所は、戦場になんて、ならなかった?)
◇ ◇ ◇
病室に、沈黙が落ちる。
「……トーマスたちは」ふいに、ロザリーが、不安げに言った。「大丈夫かね」
「……!」
「あっちは、ただの縫製工場だ」エドリックが、即座に言う。「ベルリアは、中立国だぞ」
「でもね……」ロザリーが、首を振った。「実態は、違う。——従業員は、みんな知ってる。自分たちが作った服が、軍服になるって」
「……分かった」エドリックの顔が、曇る。「注意喚起を、徹底する」
アメリを抱く手に、力がこもる。
(中立? ——そんなわけ、ない。私たちは、とっくに。アルビオンに、肩入れしている)
「……ガブリエル」ニッキーが、言いにくそうに口を開いた。「休暇は、五日間だ。——つまり」
「!」
「来週には、僕は、戦場に戻らなければ」
その言葉に、私は、息を呑んだ。
けれど、責めないように。私は、努めて冷静に、微笑んだ。
「……もう少し、ゆっくり、できないの。——できれば、もう少し」
「すまない」
縮まらない、二人の、距離。
「なんだか、急に、嫌な時代になったね」ロザリーが、しみじみと呟いた。
「呑気に、服を売ってた。——あの頃に、戻りたいよ」
◇ ◇ ◇
——同時刻。ベルリア、ブレンナール工場。
夜。工場の外灯が、静かに揺れている。
事務室で、トーマスが、帳簿を閉じた。
「……姉さんたち、戻ってきませんね」
窓の外を見て、ヴィンセントが眉を寄せる。
「国境が、封鎖されているらしい。——何か、あったんだろう」
ふと、ガラス越しに、向かいの建屋へ目をやったトーマスが。
「……!」
顔色を、変えた。
「ヴィンセント。——工員は、全員、返したよな?」
「………………」
——ボッ。
向かいの工場に、赤い火が、灯った。
「……! 放火だ!!」
「消火器を!!」
二人が、外へ飛び出す。
——そこに。フードを被った、一人の男が、立っていた。荒い、息。
その顔に、狂気の笑みが、浮かぶ。
「——ハイラントに、栄光あれ!」
男の身体には。ぎっしりと、ダイナマイトが、巻き付けられていた。
「ちょっ……てめえ!!」
男が、燃え盛る炎の中へと、身を投じる。
——次の、瞬間。
夜を、真っ二つに引き裂いて。轟音とともに、大爆発が、ブレンナールの夜空を、焼いた。




