姉妹のように
視界の先で、ヴィンセントとトーマスが、乳母車を押していた。
「ほら、アメリちゃん。風が気持ちいねえ〜」
「転がすな。坂道だ」
湖畔で、私とロザリーは、並んで語り合っていた。
「あらら。あいつら、完全にアメリにお熱だねえ」
「アメリも、喜んでるわ。——分かるのよ。“いい人たち”だって、言ってる」
「いや。二人とも、前科者だよ」
「し、性根は、ってことよ」
ロザリーが、ふっと、笑い出した。
「?」
「いや。不思議だなと、思ってねえ。——あんたと、こうして並んで話してるなんてさ」
「確かに」私も、笑った。「あなたは、私から夫を奪った上、家も店も全部取ろうとした、張本人だったんだもの」
「あっ……あの時は、悪かったよ。まじで」
「うそうそ」私は、首を振った。「実は、感謝してるの。——あれがなかったら、私はまだ、あの息の詰まる日々を、続けてた」
ロザリーが、照れ臭そうに笑う。
「……本当に、そう思ってくれてるなら。救われるね」
「本当よ。それに——マリアから、あなたの話を、たくさん聞いてるの。あなたがどれだけ優しくて、頼りになるか。そして——どれだけの悲しみを、抱えているかも」
ロザリーは、立ち上がって、足元の石を拾った。
「嫌な話だね。昔のことさ」
湖面へ、石を投げる。石は、三度跳ねて、沈んだ。
「でも——私は、楽しくやらせてもらってるよ。昔も、今もね」
そして、こちらを振り返る。
「今は——ガブリエル、あんたのおかげだ。あんたと、姉妹になれて。感謝してる」
「私もよ。——姉さん」
◇ ◇ ◇
「姉さんは、あんたの方だろ」ロザリーが、突っ込む。
「え、どうだったかしら?」
「年上に“姉さん”って言わせるなんて、あんたぐらいだよ」
そこへ、背後から声がかかった。
「おお、こんなところにいたのか、皆。——肉が焼き上がったぞ。中で食べよう」
エドリックだ。
「いい男が焼いた肉は、違いますわねぇ」ロザリーが、しなを作る。
「き、恐縮です」
トーマスとヴィンセントも、乳母車を押して合流した。
「いい匂いでしゅねー、メアリ」
「アメリ! ——あと、まだアメリは食えないだろ」
——小さな工場の庭で、即席の宴が始まった。
アメリは、ゆりかごの中で、すやすやと眠っている。
「本当に、素敵な場所ね」私は、パンを裂きながら、湖を眺めた。「湖の色が、優しいわ」
「東では、戦争が続いてるなんて、信じられないな」エドリックが、目を細める。「ここだけ、別の国みたいだ」
「……ニッキーは、無事かしら」
ふと、口をついて出た問いに。エドリックは、少しだけ、間を置いた。
「——何かあれば、私のところに、報せが来る」
その、どこか含みのある声に、私は気づかなかった。
「……そうね」私は、頷いた。「それを、信じるわ」
重くなりかけた空気を、ロザリーが、パンを高く掲げて、吹き飛ばした。
「よっしゃ、踊ろうかね!」
スカートを翻して、即席のダンス。ヴィンセントが皿を叩いて拍子を取り、エドリックが戸惑いながら手を叩く。私も、笑いながら、手拍子を打った。
——かつては、争った相手と。今は、こうして、笑い合っている。
(……私、この仕事をして、良かった)
心から、そう思えた夜だった。
◇ ◇ ◇
翌朝。霧の工場に、汽笛が鳴り響いた。
構内に集まった工員たちは、年齢も、身なりも、ばらばらだった。
「聞いて! 今日からが、本番だよ!」ロザリーが、声を張る。
「初日から声飛ばすねぇ、姐さん」
「声が小さい! もう一回!」
工員たちが、どっと笑う。
——無造作に集められた数十人の工員は、役割ごとに、班に分けられた。研修は、たった一日。動きのいい者から、班長に任命していく。
そして——三日もすると。工場は、次々と、製品を生み出し始めた。
「……本当に、動いてる」私は、驚いて呟いた。
「そりゃそうさ」ロザリーが、胸を張る。「あたしの、工場だもん」
「これは、予想以上だ」エドリックが、頷いた。「……ありがとう」
「まだ、始まったばかりよ」私は、湖の向こう、戦火の続く空を見やった。「でも——みんな、本当に、頼もしいわ」
湖を渡る風は、穏やかだった。工場は動きだし、仲間は笑い、腕の中には、あたたかな命がある。
——これほど満ち足りた時間は、久しぶりだった。
けれど。この静かな湖畔には、もう——ひとつの小さな火種が、そっと置かれていた。
誰にも、気づかれないまま。




