↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
95/109

姉妹のように

視界の先で、ヴィンセントとトーマスが、乳母車を押していた。


「ほら、アメリちゃん。風が気持ちいねえ〜」


「転がすな。坂道だ」


湖畔で、私とロザリーは、並んで語り合っていた。


「あらら。あいつら、完全にアメリにお熱だねえ」


「アメリも、喜んでるわ。——分かるのよ。“いい人たち”だって、言ってる」


「いや。二人とも、前科者だよ」


「し、性根は、ってことよ」


ロザリーが、ふっと、笑い出した。


「?」


「いや。不思議だなと、思ってねえ。——あんたと、こうして並んで話してるなんてさ」


「確かに」私も、笑った。「あなたは、私から夫を奪った上、家も店も全部取ろうとした、張本人だったんだもの」


「あっ……あの時は、悪かったよ。まじで」


「うそうそ」私は、首を振った。「実は、感謝してるの。——あれがなかったら、私はまだ、あの息の詰まる日々を、続けてた」


ロザリーが、照れ臭そうに笑う。


「……本当に、そう思ってくれてるなら。救われるね」


「本当よ。それに——マリアから、あなたの話を、たくさん聞いてるの。あなたがどれだけ優しくて、頼りになるか。そして——どれだけの悲しみを、抱えているかも」


ロザリーは、立ち上がって、足元の石を拾った。


「嫌な話だね。昔のことさ」


湖面へ、石を投げる。石は、三度跳ねて、沈んだ。


「でも——私は、楽しくやらせてもらってるよ。昔も、今もね」


そして、こちらを振り返る。


「今は——ガブリエル、あんたのおかげだ。あんたと、姉妹になれて。感謝してる」


「私もよ。——姉さん」



◇ ◇ ◇



「姉さんは、あんたの方だろ」ロザリーが、突っ込む。


「え、どうだったかしら?」


「年上に“姉さん”って言わせるなんて、あんたぐらいだよ」


そこへ、背後から声がかかった。


「おお、こんなところにいたのか、皆。——肉が焼き上がったぞ。中で食べよう」


エドリックだ。


「いい男が焼いた肉は、違いますわねぇ」ロザリーが、しなを作る。


「き、恐縮です」


トーマスとヴィンセントも、乳母車を押して合流した。


「いい匂いでしゅねー、メアリ」


「アメリ! ——あと、まだアメリは食えないだろ」


——小さな工場の庭で、即席の宴が始まった。


アメリは、ゆりかごの中で、すやすやと眠っている。


「本当に、素敵な場所ね」私は、パンを裂きながら、湖を眺めた。「湖の色が、優しいわ」


「東では、戦争が続いてるなんて、信じられないな」エドリックが、目を細める。「ここだけ、別の国みたいだ」


「……ニッキーは、無事かしら」


ふと、口をついて出た問いに。エドリックは、少しだけ、間を置いた。


「——何かあれば、私のところに、報せが来る」


その、どこか含みのある声に、私は気づかなかった。


「……そうね」私は、頷いた。「それを、信じるわ」


重くなりかけた空気を、ロザリーが、パンを高く掲げて、吹き飛ばした。


「よっしゃ、踊ろうかね!」


スカートを翻して、即席のダンス。ヴィンセントが皿を叩いて拍子を取り、エドリックが戸惑いながら手を叩く。私も、笑いながら、手拍子を打った。


——かつては、争った相手と。今は、こうして、笑い合っている。


(……私、この仕事をして、良かった)


心から、そう思えた夜だった。



◇ ◇ ◇



翌朝。霧の工場に、汽笛が鳴り響いた。


構内に集まった工員たちは、年齢も、身なりも、ばらばらだった。


「聞いて! 今日からが、本番だよ!」ロザリーが、声を張る。


「初日から声飛ばすねぇ、姐さん」


「声が小さい! もう一回!」


工員たちが、どっと笑う。


——無造作に集められた数十人の工員は、役割ごとに、班に分けられた。研修は、たった一日。動きのいい者から、班長に任命していく。


そして——三日もすると。工場は、次々と、製品を生み出し始めた。


「……本当に、動いてる」私は、驚いて呟いた。


「そりゃそうさ」ロザリーが、胸を張る。「あたしの、工場だもん」


「これは、予想以上だ」エドリックが、頷いた。「……ありがとう」


「まだ、始まったばかりよ」私は、湖の向こう、戦火の続く空を見やった。「でも——みんな、本当に、頼もしいわ」


湖を渡る風は、穏やかだった。工場は動きだし、仲間は笑い、腕の中には、あたたかな命がある。


——これほど満ち足りた時間は、久しぶりだった。


けれど。この静かな湖畔には、もう——ひとつの小さな火種が、そっと置かれていた。


誰にも、気づかれないまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。