ヘイブン
「ほら、背筋伸ばしな。——王都の女社長と、お姫のご到着だよ」
工場の前に止まった車を前に、ロザリーが声を張った。
がちゃ、と扉が開き——降りてきたのは、長身の男。
「……誰だい?」ロザリーが、首を傾げる。
「さ、さあ」トーマスも、戸惑う。
その男——エドリックのエスコートで、私は、そっと車を降りた。
「ありがとう」
腕には、小さなアメリを抱いて。
「ひさしぶり、みんな!」
「姉さん!」
わっと、トーマスとヴィンセントが駆け寄ってくる。
「へええ。小さいですねえ」
覗き込んだヴィンセントが、そっと指を差し出すと。アメリは、その太い指を、きゅっと握った。
「ガブリエル」ロザリーが、歩み寄る。
「色々、ありがとう。ロザリーさん」私は、頭を下げた。「——よかったら、抱っこしてもらえる?」
「そんな。私なんかが」
「いいから。抱いてみて」
半ば押しつけるようにアメリを渡すと、ロザリーは、ぎこちなく、その子を抱いた。
アメリが、じっと、ロザリーの顔を見つめる。
「……この子、泣かないんだね」
「いつもは、泣くわ」私は、微笑んだ。「——でも。あなた達のことが、好きみたいよ」
ロザリーが、はっとしたように、目を見開いた。
◇ ◇ ◇
乳母車のアメリを、トーマスとヴィンセントが、代わる代わるあやしている。
「来週から、工場を稼働させる」ロザリーが言った。
「来週から!?」私は、驚いた。「工員に、どうやって製法を教えるの。全員、未経験者でしょう」
「やりながらさ」ロザリーは、事もなげに言う。「軍服作りの工程は、ぜんぶ分解してある。——分解された一つ一つの工程なら、素人にだって、その日から戦力に変わるのさ」
「すごいわ」私は、感嘆した。「それで、ブレンナールも動かしてきたのね」
「まあね。——で、こっちの紳士は?」
「エドリック・カートライトです。ロザリーさん」
「カートライトって……」
「ええ」私は、頷いた。「ニッキーの、お兄さんなの。——アルビオン軍の、大佐殿よ」
「大佐!? すごいじゃないか」
「大したことは、ありません」エドリックが、律儀に頭を下げる。「この度は、工場の新設にご尽力いただき、感謝しております」
ロザリーの頬が、ぽっと赤くなった。
「兄さんは、ご結婚は?」横から、トーマスが茶々を入れる。
「妻と子が、アルビオンの王都におりますが」
「わ、私は、そんなの気にしませんわ」
「やめなさいよ!」
あははと、一同が笑う。
◇ ◇ ◇
——工場内の、会議室。
「我々の目標は、服を作り、それをアルビオン側に輸出すること」私は、切り出した。
「我々は、軍の縫製工場で、購入した服に紀章を貼り付け、前線へ送る」エドリックが続ける。
「ちょっといいかい」ロザリーが、口を挟んだ。「だったら、こっちで全部やればいいじゃないのさ」
「そういうわけには、いかないわ」私は、首を振った。「あくまで、私たちベルリアは、中立国だもの」
「なるほど」トーマスが、頷く。「民間の服を作って、アルビオン側で軍服に仕上げるってことか」
「そういうこと。——これが、このデリケートな時期に、ガブリエル商店としてできる、ギリギリよ」
「そこで、頼みがあるのだが」エドリックが、言った。
「!」
「できれば、軍の縫製工場に、誰かを派遣してほしい」
「ちょっと、エドリック義兄さん! 話が違うわ」
「最初だけでいい。——今、軍に、要領を分かっている者がいないんだ」
「でも!」
「それくらい、あたしが行くよ」ロザリーが、あっさり言った。
「でも!」
「ちょっと、紀章の付け方を教えるだけだろ。何の問題があるのさ」
「……問題が、あるわけじゃ、ないけど」
「助かるよ。ありがとう!」
そのとき。腕の中で、アメリが、おぎゃあ、と泣き出した。
「ほら、アメリちゃんが泣いてるよ」
「アメリ」
あやしながら、私は——自分でも、分かっていた。
反対の理由は、理屈では、ない。
“商売”が、“戦争”の糸と、繋がっていく。——その、手触りへの、恐れ。
それでも私は、前へ、進むしかなかった。




